はるかなり秘境駅⑩ 恐るべし! 中井侍 帰ってきた令和阿房列車で行こう 第一列車
産経ニュース / 2024年6月11日 10時0分
中井侍(なかいさむらい)駅に着いた。崖にへばりついたような駅だ。ホームの端を降りてすぐのところに人家があり、車掌さんが「敷地に入らないでください」と乗客に呼び掛けて回っていた。
飯田線は、難読駅、珍名駅の宝庫だ。大嵐(おおぞれ)や為栗(してぐり)なぞは沿線住民でないとまず読めない。
中井侍も開業当初は「なかいざむらい」と呼ばれていたのが、飯田線が国有化されたときに「なかいさむらい」となったという。読み方にもこだわりがあるのに、駅名の由来ははっきりしない。
車掌さんも「この地に中井というお侍さんが多く住んでいたためという説もありますが…」と歯切れが悪い。
さすがのサンケイ2号君も首を横に振るばかり。謎は謎のままにして先を急ごう。
「間もなく天龍村の大都会、ひらおか~、平岡です」
車内アナウンスに促されて左手を見ると、確かに大都会だ。たくさんの幟(のぼり)とゆるキャラ(名前は忘れた)に迎えられた。意外なことに子供連れの若夫婦も多く、即席のテント村にはイワナの塩焼きやかき氷、ハチミツに五平餅が並べられ、目移りがする。
中でもご当地随一の特産は、「中井侍茶」である。
中井侍地区の急斜面につくられた茶畑は高低差365メートル、平均斜度27度もあり、今でも手摘みの伝統が守られている。
御多分にもれず、ご当地も超高齢化と後継者不足で先行きが危ぶまれていたが、美しき村に魅せられた若き移住者も少しずつ増え始めたという。
冷茶を1杯所望すると、ほのかに甘く清々(すがすが)しい。
これは買わねばなるまい。
驚いたことに30グラムずつ小分けにされた袋には、「七郎平のお茶」「さっちゃのお茶」など生産農家ごとにイラストが描かれ、ブランド化されていた。なかなかやるねぇ。
うち2つを買い求め、さっそく翌日いただいたが、「飯田線秘境駅号」に乗って本当によかった。
停車時間は34分もあったのだが、あっという間に時は経(た)ち、盛大に見送られた。
運転士さんもサンケイ2号君も大きく手を振り返していた。天龍村には人の心を優しくさせる何かがあるのかもしれぬ。
と、感慨に耽(ふけ)る間もなく、為栗駅に到着した。
それにしてもいい天気だ。天竜川も穏やかに流れている。サンケイ君は希代の雨男だったが、2号君が晴男であるのは間違いない。またの御同道を願わなくてはなるまい。
次回の「帰ってきた令和阿房列車で行こう」は、終着飯田駅に停(と)まります。
(乾正人)
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