絵を描くことが好きだった少年時代、疎開していた美しい湖のほとりで感じた創作の源流 芸術家フォロンの祖国㊦
産経ニュース / 2024年6月20日 14時0分
ベルギー出身の世界的芸術家、ジャン=ミッシェル・フォロン(1934~2005年)の回顧展(産経新聞社など主催)が来年4月、大阪で始まるのを前に同国を訪れた。首都ブリュッセルでは「欧州の要衝」としての一面に触れたが、旅の後半ではフォロンが幼少期を過ごしたゆかりの地を巡った。静かに広がる美しい湖、疎開していた洋館…。その地は豊かな自然とともにあった。
ブリュッセル近郊、広大なソルベイ公園の一角に、白い壁と赤茶色の瓦屋根の素朴な建物がたたずむ。2000年に開館した「フォロン財団美術館」だ。
幼い頃から絵を描くことが好きだったフォロン。1939年に第二次世界大戦が勃発すると、ブリュッセルから約25キロ離れたジャンバル湖付近に家族で疎開した。そのときにソルベイ公園を散歩し、咲き誇る花々に魅了されたという。その光景が忘れられず、作品保護を目的とした財団と美術館を設立する際にこの地を選んだ。
美術館では、ずらりと並んだ水彩の作品が印象的だった。柔らかな色合いだが、テーマは環境問題や戦争など社会的なもの。自ら配置を決めたという「ポスターの壁」は壮観だ。
決して強い主張ではないからこそ、見る人に考える「余白」を与える。財団のステファニー・アンゲルロット理事長は「シンプルな構図で多くのことを訴えるのがフォロンの作品の特徴なのです」と解説した。
疎開時代の逸話
作品の余韻を感じながら美術館を後にし、フォロンが家族と疎開していた洋館を訪れた。ジャンバル湖のすぐそばに建ち、現在は企業家のリュック・ファン・ベルゲムさんが暮らす。フォロンとはモナコで知り合ったといい、洋館を譲り受けたとき、疎開中に起きたユニークな出来事について聞かされた。
ある日、フォロンがきょうだいと一緒に湖で釣りをしていると、ドイツ兵にいきなり釣りざおを奪われた。湖の対岸にはナチス・ドイツの軍事基地があり、驚いたフォロンたちは泣きながら帰宅。だがその夜、この兵士が洋館を訪ねてきた。
おびえる一家に兵士は謝罪してこう言った。「私にも君たちくらいの子供がいる。釣りをしないと食事にありつけないほど困っていると思って食べ物を持ってきた」。一家は困惑しながらも受け取り、事なきを得た-。
「実は屋根裏にユダヤ人をかくまっていたそうです」とベルゲムさん。「ナチスからの差し入れが渡った先が実はユダヤ人だった…。彼は愉快そうに教えてくれました」
静かな時が流れるこの地にも、当時は間違いなく戦争の気配があっただろう。幼少期のフォロンは何を感じていたのだろうか。
思い出のグルメ
ベルギーをたつ前日、フォロンが通ったブリュッセルのレストランを訪れた。
フォロンが愛したという白身魚のムニエルと白アスパラガスのソテーを注文。ムニエルは淡白な身に濃厚なソースがマッチして絶妙な味わい。春先にしか食べられない白アスパラガスはフォークで切れるほど柔らかく、ゆで卵を使った特製ソースとの相性が抜群だ。きっとフォロンも気の置けない友人とともに特別な時間を過ごしたのだろう。
自然を愛し、暴力に反対するヒューマニスト(人道主義者)ともいわれたフォロン。その感性が磨かれた創作の源流を垣間見た気がした。
■ジャン=ミッシェル・フォロン ブリュッセル近郊出身の世界的芸術家。幼少期から絵を描くことが好きで、建築学を学ばせようとした父親に反発して21歳で渡仏。当初は芽が出なかったが、20代半ばで米誌「ザ・ニューヨーカー」などにイラストが採用され、世界的にも名前が知られるように。その後、タイプライター製造会社として創業したイタリアの老舗、オリベッティ社の広告なども手掛けた。2005年10月、白血病のため死去。(小川恵理子)
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