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北の鉄路を考える⑥ 「攻めの廃線」の末路を見た!の巻  帰ってきた令和阿房列車で行こう 第三列車

産経ニュース / 2024年6月25日 10時0分

「攻めの廃線(注)」と称して当時の鈴木直道・夕張市長が推進したバス転換路線は、札幌への直通バスも9月末で廃止が決まったように、ものの見事に失敗した。

10億円以上も費やして新たに建設されたバスセンター「りすた」に停(と)まるバスは、JR夕張支線の代替えとして増発された旧夕張駅と新夕張駅とを結ぶ1日10往復以外、ほとんどない。

その路線も惨憺(さんたん)たる状況だ。平日の午後5時36分、夕鉄本社バスターミナルから新夕張駅行きに乗ったが、先客はゼロ。途中で計5人が乗車したが、終点の新夕張駅で降りたのは2人のみで、JRに乗り換えたのは私だけだった。

鉄路が消えてからの夕張の衰退ぶりは目を覆いたくなる。

人口は、JR夕張支線廃線時の8033人から6348人(今年5月)と、たった5年間で20%以上も減ってしまった。この間、北海道全体の人口減少率は約3%だから、いかに夕張市が突出しているかがわかる。

人口が急減したから当然といえば当然だが、街から活気が消えてしまったのである。

実は、夕張に着く前、市内のタクシー会社に電話したところ「午後3時半まで車を手配できない」と申し訳なさそうに言われてしまった。忙しいのではない。人手がないのだ。

聞けば、市内にホテルも居酒屋もほとんどなくなり、夜タクシーに乗る客がいなくなったので、運転手さんを減らさざるを得なくなったのだという。

その数少ない貴重なタクシーで、高倉健主演「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」のロケ地に行った後、夕張メロンの直販所に寄ってもらった。

5年前から夕張に住んでいるという若い中国人女性の口上につられて、3200円也(なり)のメロンを土産に買ってしまった。

ずっしりとしたメロンを抱えて新夕張駅で一人汽車を待っていると、最後の最後で、ビッグプレゼントが待っていた。

キハ150形気動車1両編成の新夕張18時42分発千歳行き各駅停車の乗客は、私一人だったのである。その次の駅も乗車はゼロ。乗った車両に誰も乗っていなかったのは、ごくまれにあったが、列車を独り占めにしたのは半世紀以上に及ぶ鉄道愛好家歴で初めてだ。

北の大地に沈む夕陽(ゆうひ)を右手に見ながら過ごした追分駅までの25分間は、至福のときだった。自分一人のために特別列車を仕立てて中国やロシアに出かけている金正恩になった気分だ。

追分駅で5人が乗り込んで、夢の国は終焉(しゅうえん)を迎えたが、これだから愛好家はやめられぬ。

次回は、第四列車を発車させる予定だったが、JR北海道から「抗議」メールがやってきた。JR北海道が何に怒っているのかは、明日のこころだぁ!

夕張メロンは美味(おい)しかったよ!(乾正人)

(注)攻めの廃線

鈴木直道北海道知事が夕張市長時代の平成28年、JR夕張支線の廃止をJR北海道に自主的に提案。JRから7億5千万円を拠出させ、バス網を整備するなどで住民の利便向上を図ったことを「攻めの廃線」と称した。同線は同31年3月末で廃止された。

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