昭和52年生まれの私、朝ドラ「らんまん」脚本家、長田育恵さん「祖父の背に感じた昭和」 プレイバック「昭和100年」
産経ニュース / 2024年9月15日 8時50分
満州から引き揚げた祖父
私自身の昭和の記憶はおぼろげですが、同居していた祖父の背中から「昭和」の残り香を感じ取った最後の世代だと思います。
平成3年、中学2年の時、東京・馬込で同居していた祖父は74歳で亡くなりました。戦争中、中国の旧満州にいたのは知っていましたが、当時の事情を知るには私は幼過ぎた。成長して「あの時代って何だろう」と知りたくなったとき、戦時中の記憶を語ってもらえなかった後悔が、創作の原動力になっています。
祖父は岩のように寡黙で、部屋で独り写経をしていました。親戚から聞いた話によると終戦時、妹一家と引き揚げようとしたものの、連れて帰れたのはおいっ子一人だけ。以後、実子である私の母きょうだいより、おいを最優先して大学まで出し、盛岡のお墓も継がせました。後から満州引き揚げ者の苛烈な体験を読み、祖父は語れなかった、あるいは語らないと決めた人だった、と思うに至りました。
「無言の雄弁さ」伝えたい
今となっては想像するしかありませんが、祖父は戦争で非常に辛(つら)い体験をし、被害者であり、加害者でもあったのかもしれません。わが家のような普通の家族にも、昭和の歴史と確執がある。そんな人間の営みの手触りを伝えたいんです。
昨年放送されたNHK連続テレビ小説「らんまん」の脚本を手掛けました。主人公の植物学者、槙野万太郎が「鎮守の森」伐採に反対する場面は、私の創作です。モデルとなった牧野富太郎(1862~1957年)はこの問題について、一言も書き残していません。
私は逆に、あれだけ植物を愛し、筆まめだった人が、この問題について一切、記さなかったところに明確な意思を感じた。私は偉人伝を書きたいのではない。記録に残らない「無言の雄弁さ」を読み取り、自分の体感を信じ、作品を通し、伝えるのが私の役割だと思っています。
私自身は中学から大学時代にかけ、入退院を繰り返す母の介護に追われ、今でいう「ヤングケアラー」でした。平成に入り、同世代がガングロ、ルーズソックス姿で東京・渋谷を歩くニュースは、遠い世界の出来事でしたが、羨(うらや)ましくもなかった。
井上ひさし先生から受けた思いバトン
子供の時から「作家になりたい」という夢に迷いがなかったので、家と学校と病院を行き来するだけの地味な毎日でも、暇さえあれば本を開き、想像力を膨らませていました。
平成12年に大学を卒業した後も、働きながら作家を目指しましたが、30歳近くまで道が開けませんでした。19年に日本劇作家協会の戯曲セミナーに参加し、翌年、劇作家の井上ひさし先生の個人研修生となったことが転機になりました。
井上先生も昭和を生き抜いた世代です。亡くなる2年前で、最後に出会う私たち世代に、最後のバトンを手渡そうとされた。
研修生の間、劇場や鎌倉の喫茶店で作品の講評や言葉を頂きました。先生にとっては、ささやかだったかもしれないけれど、一つの大きな時代を生き抜いた重み、それを受け渡す自分の使命を感じました。そして今も何かに導かれるように、いろいろな人から大小のバトンを手渡されています。
(聞き手 飯塚友子)
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