障害者水泳を通じて共生社会の実現目指す 「日本障がい者スイミング協会」酒井泰葉さん TOKYOまち・ひと物語
産経ニュース / 2025年1月27日 21時16分
水泳選手と障害福祉の現場で働いた経験を生かし、障害のある人や子供に水泳を教えている酒井泰葉さん(35)。単なる水泳教室ではなく、障害者が暮らしやすい社会の実現につなげたいと、「一般社団法人日本障がい者スイミング協会」(東京都三鷹市)を設立。障害児が社会で生きていく力を高めたり、周囲の理解を深めたりできるよう、幅広い取り組みを続けている。
酒井さんは、身体か知的かといった障害の種類や程度を問わず、幼児から高齢者まで多様な生徒にマンツーマンで水泳を教えている。競泳だけでなくアーティスティックスイミング、水中でのウオーキングやリラクセーションも取り入れて、特性やニーズに合わせて水泳を楽しむ方法を提供する。
水泳の上達を目指すだけではない。例えば発達障害の人は、筋肉の適度な緊張具合を保てず、動きがぎこちなくなる場合がある。水の中で余分な力を抜いて、泳ぐ練習をするうちに、自分の体の動かし方が分かるようになり、水の外での日常動作も上手にできるようになるという。
また、一人でバスで通ったり、身支度を整えたりといったことは、社会で生活していく力を高める「療育」にもなっている。
「褒められ自信に」
「回る~! ジャンプ!」
三鷹市内のプールで、酒井さんの声がけと音楽に合わせ、女子生徒は手先や姿勢に意識を集中して次々に演技をする。
小学1年から約6年通っている女子生徒は、自閉症に似た傾向の障害があり、知的能力や運動能力の発達に遅れがある。当初は人の話をちゃんと聞いたり、指示を受けて動いたり、数を数えたりができなかったが、水泳を通して指示を聞けるようになり、演技のタイミングを計るために数えられるようになった。
ここ数年は、障害者水泳の競技会や発表会にも出場。評価されることも増え、母親は「何をしても他の子よりできないのを本人も感じていたようだけれど、褒められる喜びを知り、自信につながっている」と目を細める。
選手から指導者へ
酒井さんは幼い頃に水泳を始め、小学生でジュニアオリンピック予選会に出場、中学と高校でも続けた。大学時代にスイミングスクールでのアルバイトを通じて指導の世界に入り、ボランティアで障害者水泳の指導を手伝い始めた。
卒業後は、介護旅行の会社や福祉事業所で障害者の介助の仕事をするかたわら、副業のような形で障害者水泳の支援活動を続けた。取り組みが徐々に知られて生徒が増え、令和2年には協会を設立し、今は本業として取り組む。障害者水泳についての著書を出したり、障害者が使いやすいビート板や浮き具を開発したりと活躍を広げ、共に活動するインストラクターには身体障害の当事者もいる。
活動は、市民プールなど公共施設のレーンを借りて行うが、施設によっては理解が得られにくいこともある。「床が汚れるから車椅子で入らないで」と言われれば入り口に雑巾を置くことを提案するなど、一つ一つ問題を乗り越えてきた。
当初は奇異の目で見られたり、障害児の体の動きを暴力と勘違いされたりもしたが、顔見知りになった常連の人たちが声をかけてくれるようになるなど、理解が広がっているという。
活動はまちづくり
酒井さんは「私たちの活動は水泳の指南所ではなく、まちづくりだと考えている」と話す。福祉事業所で働いていた際、障害者が社会参加する機会の少なさや、地域になじんで生活する難しさを肌で感じてきた。福祉と水泳の両方が分かるからこそできる活動を通じて、障害者が地域で共生し、生活や趣味を楽しめる社会の実現を目指す。
「『障害者水泳』『パラ水泳』ではなく、ただの『水泳』と呼ばれる日が来ることが願い」と話す酒井さん。春には大学院に進学し、これまで培った水泳療育のノウハウに科学的な裏付けを付加できるよう、研究にも取り組む予定だ。(松田麻希)
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