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トクリュウ潜入図る「仮装身分捜査」闇バイト撲滅の切り札に GPS捜査の二の舞懸念も

産経ニュース / 2025年1月7日 20時2分

甲南大・園田寿名誉教授

闇バイトが絡む強盗事件の多発を受け、警察官が架空の身分証を使って犯行グループに接触・潜入する「仮装身分捜査」が今年早期に導入される見通しとなった。首謀者や指示役の摘発が困難な「匿名・流動型犯罪」(トクリュウ)に対抗する捜査の「切り札」と期待される一方、乱用防止をどう担保するかといった課題も残る。

「おとり捜査」との違いは

捜査員が身分や意図を隠して犯人側と接触する捜査手法はこれまでも違法薬物や銃器の取引に限定して行われてきた。客になりすまして密売人に売買を働きかける「おとり捜査」や、荷物の中身が違法薬物と分かっていても、あえて取引を継続させる「クリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)」がそれだ。

麻薬取締法は、犯罪捜査のためであれば、麻薬取締官が薬物を譲り受けることを認めている。おとり捜査については根拠規定はないが、最高裁は平成16年の決定で①直接の被害者がいない薬物犯罪などの捜査で②通常の捜査手法のみでは摘発が困難な場合に③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者におとり捜査を行うことは、令状の必要がない任意捜査として許される、とした。

一方、今回導入される仮装身分捜査は身分証の偽造という捜査側の積極的な作為が伴うことや、強盗、窃盗など直接の被害者も見込まれる事件を対象とする点で、おとり捜査とは異なる。

警察庁は、闇バイトの募集に仮装身分で応じ、実行前に強盗予備罪などで摘発することを想定しているとみられる。現場の捜査幹部は「暴力団と違い、闇バイトの場合は組織の枝分かれが激しく実態がつかめない。仮装身分で内部に入り込めるのは大きい」と話す。

トクリュウは対面を避け、秘匿性の高い通信アプリでしかつながりを持たない。このため実行役をいくら摘発しても、上位者にたどり着く「突き上げ捜査」が難しいとされてきた。今後、仮装身分によりアプリでやり取りする段階から捜査ができれば、指示役のメッセージの保存や音声の録音も可能になる。

仮装身分証の作成は、公文書偽造罪などに抵触する行為だが、警察庁は刑法35条の正当業務行為として違法性が阻却されるとし、法改正なしでも導入できるとの見解だ。

乱用の歯止め不可欠

早期実施に向け、今後ガイドラインの作成に入るが、運用までに詰めるべき課題は少なくない。

まず対象となる犯罪をどう絞るか。警察の捜査権限を大きく広げた通信傍受法は、立法時にプライバシー侵害を理由とした強い反対論があり、当初は対象犯罪が4類型に限定された(その後9類型を追加)。闇バイトはさまざまな犯罪に派生する可能性があるためガイドラインでは適用対象は示されないとみられるが、乱用の歯止めは不可欠だ。

法改正をしないまま、解釈で運用に踏み切る点にも懸念は残る。捜査対象者の車両などに衛星利用測位システム(GPS)発信器を取り付ける捜査手法は従来、任意捜査として広く活用されていたが、最高裁が29年に「違法」と判断。強制処分に当たるとして「立法措置が講じられることが望ましい」と指摘した。

石破茂首相は昨年12月、仮装身分捜査の実施に向けた自民党の緊急提言を受け、法改正の検討に言及。そのうえで「待っていては被害が拡大するので、当面できることを徹底して行う」とした。(有川真理)

すでに欧米各国で導入

仮装身分捜査はすでに米国やドイツ、フランス、イタリアなど欧米各国で実施されている。

国家公安委員長主催の有識者による「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」の中間報告(平成23年)によると、ドイツでは薬物や武器の取引、通貨偽造などの重大犯罪を対象に、警察官が「ある程度永続的に変更された架空の身分」を与えられ、捜査に当たる。

フランスでは汚職、詐欺などの組織犯罪が対象。捜査員が犯行グループの一員として薬物の運搬など一定の犯罪行為を行っても、訴追されないとされる。

導入済みの各国では、捜査機関の乱用につながらないよう法令やガイドラインで運用基準を定める。米国では米連邦捜査局(FBI)が「潜入捜査活動に関する司法長官指針」の中で、実施に当たっては「慎重な検討や監視が必要」と明記。第三者に危害が及ぶといったリスクと秘匿捜査を行うことの利点を慎重に比較するよう求めている。

甲南大・園田寿名誉教授「法整備で適用範囲明記を」

仮装身分捜査により、闇バイトを通じた実行役の摘発のほか、応募者の中に警察官がいるかもしれないと犯罪グループに思わせることで事件抑止にもつながり、一定の効果は期待できるだろう。

ただ、あくまでイレギュラーな捜査手法であり課題は多い。捜査員が危険にさらされるリスクや一般市民が捜査協力者として捜査に巻き込まれる可能性もある。摘発のタイミングを誤ると実際に犯行が行われてしまい、捜査員自身も罪を犯すことになりかねない。

対象は闇バイトの捜査に限定されるというが、解釈次第で適用範囲がなし崩し的に広がることも懸念される。

政府は運用についてガイドラインを制定するようだが、それだけでコントロールが可能か疑問だ。国会で議論し、捜査側の権限をコントロールできるよう法整備も検討するべきだ。

対象犯罪と方法を限定して法令に明記し、現場での経験も積み重ねた上で、恒久的な制度として成り立つか、考えていく必要がある。(木下倫太朗)

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