人材不足なのに報酬減額 訪問介護現場で悲鳴「実態見ていない」「もう限界」
産経ニュース / 2024年7月17日 11時0分
高齢者らの在宅生活を支える訪問介護サービスが「崩壊の危機」に直面している。深刻度を増している人材不足に加え、今年度からは基本報酬が引き下げられ、業界からは「もう限界」と悲痛な声があがる。要介護状態になっても住み慣れた地域で暮らせる「砦(とりで)」とされる現場で、一体何が起きているのか。
人が集まらない
「どれだけひどい状況か、国はまったくわかっていない」。訪問介護事業などを担うNPO法人「ソーシャルケア清和会」(東京都世田谷区)の辻本きく夫理事長(73)は、深いため息をついた。
同法人が行う事業の中で10年ほど前に5割を占めてきた訪問介護サービスは、今では2割ほどに縮小。障害福祉サービスで経営を支えている状況という。
背景には、訪問介護を担う人材の圧倒的な不足がある。
同NPOの訪問介護のスタッフは10人以下。非正規雇用の登録ヘルパーは15年ほど前には二十数人いたが、高齢などを理由に次々と現場を去り、今では3人だけ。新規募集をしても、人材は集まらない。
地域では一人暮らしや認知症の高齢者も多く、訪問介護のニーズ自体は多いが「新たな仕事を受けたくても、受けられない」状態という。
世田谷区では同NPOのような従業員20人以下の訪問介護事業所が多いが、どこもスタッフの不足・高齢化が進む。廃業を視野に入れる経営者も少なくないといい、辻本氏も「他の事業所への事業移行も検討している」と明かす。
「時短」の代償
訪問介護人材の不足を受けて国は、1回あたりのサービスの提供時間を短くするなど、限られた人材を効率的に活用する方向へとかじを切ってきた。
ただ、こうした〝時短化〟が、逆に現場を苦しめる現状も存在する。
都内の事業所で登録ヘルパーとして働く藤原るかさん(68)は30年以上、訪問介護の利用者の暮らしや体調の変化に目を配ってきた。
当初は1回当たり1時間以上かけていた掃除や調理などの生活援助を、今では45分未満で行うことが多い。「決められた時間内に終わらせることに気を取られがちになり、利用者と相談しながら作業を進めるといった向き合い方が難しくなっている」と訴える。
待遇面でも苦境に直面した。サービスの提供時間が短くなることで訪問先は増えたが、次の仕事までの移動や待機の時間も増え、賃金にならない空き時間が多く生じ、年収は約300万円から約150万円に半減。「安心して働くことができない、やる気があっても続けられない。現場を去っていった仲間はたくさんいる」と唇をかむ。
犠牲強いる方向
加えて国は今年度、訪問介護サービスの基本報酬を引き下げる一方、特別養護老人ホームなどの介護保険施設は引き上げ、全体で1・59%プラスとする介護報酬の改定を行った。
訪問介護サービスの事前調査で、「事業所経営が良好だった」ことが減額の理由に挙げられたが、業界団体からは「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)など入居者を効率よく訪問できる事業所の利益率が高いためで、地域を回る事業所とは経営状況が異なる」と不満が渦巻く。
東京都新宿区に拠点を置く訪問介護事業所「でぃぐにてぃ」の吉田真一代表(50)は、「苦しい現状にとどめをさされたかのようだ」と憤る。
同事業所は職員18人で80~90人ほどの利用者を支えるが、ギリギリで回す状況で「めいっぱい人材を稼働させていても、経営は苦しい」
非正規雇用が多い業界にあり、すべて正規雇用を貫いてきたが、今年はまだ来年卒業予定の学生を獲得できていない。新たな依頼に応えることはさらに難しくなり、稼働率を上げて採算をとる方向へと動くこともままならない。
「訪問介護は厳しい状況下でも、理念や思いを持って続けている人たちが多い。だが、経営は厳しさを増し、職員の負担も重くなる一方だ。国の介護保険制度は、ますます現場に自己犠牲を強いる方向へと動いていくのではないか」。吉田氏は危機感をあらわにした。
介護倒産最多に
東京商工リサーチによると、今年上半期(1~6月)の介護事業者の倒産は81件となり、上半期では新型コロナウイルス禍の令和2年の58件を抜き、過去最多となった。
業種別では、「訪問介護」の倒産が40件(前年同期比42・8%増)、デイサービスなど「通所・短期入所」が25件(同38・8%増)、「有料老人ホーム」が9件(同125・0%増)-など。
同社は「人手不足解消や物価高の先行きが不透明なだけに、介護事業者の倒産は当面、増勢をたどりそうだ」などと分析している。(三宅陽子)
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