次世代の声、国への圧力に 北方四島・択捉島元島民2世の会「しるし」代表 渡辺彰さん 令和人国記
産経ニュース / 2024年11月17日 8時15分
粘り強く続けられてきた北方領土の返還運動だが、近年は元島民の高齢化が進み、次の世代につなげる取り組みが課題となっている。今年2月に立ち上げた択捉(えとろふ)島の元島民2世らでつくる「しるし」の代表を務める渡辺彰さん(72)=北海道小清水町在住=は「元島民3世や4世の受け皿になりたい」と思いを語る。
草刈りして墓地へ
母親の生まれが択捉島の蘂取(しべとろ)村。戦前は食べるものには不自由せず、いい暮らしをしていたと聞きました。50歳頃に初めて母と一緒に島へ上陸。それから5回ぐらい北方墓参などに参加。最初の頃、船着き場から墓地までの道の雑草がひどく草刈りしながら進んだことがあった。持参した草刈り機の金属回転刃が止まるほどで、1時間ぐらいかけて刈りながら墓地に着いたのを覚えています。
当時は痕跡を消すためなのか、日本人の墓石が壊され、道端などに捨てられていた。墓参が進むにつれてロシア側もまずいと思ったのか、墓石を集めて積み上げるようになったんです。ただ、彼らは日本語が読めないので墓碑銘がさかさまだったり、竿(さお)石を土台部分に使っていたりとばらばら。ありがたいけど、気持ちは複雑でした。
最初の墓参は元島民が一緒で「この場所にはお寺があって」と教えてもらうことができましたが、近年は元島民の高齢化が進み、それが難しくなっている。後世に伝えていくには若い人たちが参加しやすい団体が必要だったんです。
活動衰退の危機感
「しるし」は今年立ち上げて会員数は30人ほど。返還運動をしている複数の団体が年に一度集まる「島の会」というのがあり、そこに集まる元島民が少なくなっています。活動がどんどん衰退していくという危機感があり、元島民2世の私たちの世代が3世や4世の受け皿として立ち上げました。希望があれば出身地を問わずに一緒に活動できるよう間口を広くしていきたい。
メンバーは2世が中心で近隣在住者が多いですね。地域によって3世の参加が多い組織もありますが、広域分散型の地理条件や3世以降は働き盛りの世代ということもあって頻繁に会合を開くのは難しい。集まっても難しい話ばかりでは足が遠のいてしまうという課題もある。
動画投稿サイトなどSNS(交流サイト)に詳しい人がいろいろと発信していて、若い世代が知るきっかけが増えている。若い世代とはコミュニケーションできる年代なので「うかうかしていると自ら四島を手放しちゃうことになる」と伝えたい。
洋上慰霊にも参加
ロシアのウクライナ侵攻の影響で北方墓参ができず、3年連続で洋上慰霊が行われた。私も毎年参加していて、今年は「(北方四島の元島民らによる四島交流事業用の船舶)えとぴりか」の船内に泊まりました。参加者から「元島民同士でゆっくり話をしたい」という声があり、初めて取り入れてもらいました。あいにくの強風で船内待機になり、翌日の早朝に出港。途中までは波が穏やかだったけど、いきなり大荒れになって途中で引き返した。乗船した80人のうち20人ぐらいが知り合いで、島にまつわる昔話で盛り上がりました。
母からは島の暮らしなどを聞くことはあまりなかった。択捉島から樺太(サハリン)に連れていかれ、その後、着の身着のままで小清水町にたどりついたと聞きました。今は町内の公園になっている場所に海軍の兵隊がいっぱいいて、終戦後は引き揚げ者や北方四島を追われた人たちが駐屯地跡の兵舎に住むようになった。戦争で行き場のなくなった人がどんどん小清水町に送られてきて一時はすごかったのを覚えています。
元島民は故郷の島がいまだに戻ってこないことを苦しんでいる。次の世代が声を出すことでより国や政治家へのプレッシャーになっていかないといけない。
(聞き手 坂本隆浩)
◇
わたなべ・あきら 昭和27年、北海道小清水町生まれ。地元の短期大学を卒業し、20歳で実家の畑作農場に就職。50歳の時に母親と北方領土元島民の北方墓参に参加したのをきっかけに返還運動に参加。60歳で千島歯舞諸島居住者連盟の網走支部(現オホーツク支部)支部長に就任。令和6年2月に択捉島元島民2世らでつくる「しるし」を設立。
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