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明日香に国蝶…羽ばたく夢 師匠継ぎ、オオムラサキ1500匹羽化

産経ニュース / 2024年6月25日 17時0分

オオムラサキが飛び交う飼育ハウス内で「自然の大切さを子供たちに知ってほしい」と話す林太郎さん=奈良県明日香村

鮮やかな青紫色の羽を持つ国蝶、オオムラサキが、古代史の宝庫で知られる奈良県明日香村の飼育ハウスで羽化のピークを迎えた。環境省のレッドリストで「準絶滅危惧」とされる中、人工繁殖で約1500匹が羽化。手弁当で繁殖に取り組むのは、脱サラしてオオムラサキ研究家となった林太郎さん(40)=同県橿原市在住。個人でこれだけの繁殖に成功させた例は全国的にも珍しく、「子供たちに自然や命の大切さを伝える拠点にしたい」と夢を描く。

昆虫館で公開

細かい網目のネットに覆われた飼育ハウスに入ると、オオムラサキが飛び交い、人の肩や頭に次々と止まる。耳元ではパタパタという羽音とともに、羽ばたくときの風も感じるほど。「なぜかとても人懐っこいんですよ」と林さん。

今年の羽化は5月20日ごろに確認され、成虫としての寿命は1カ月ほどで、その間にハウス内のエノキの葉に産卵し、幼虫も生まれている。羽化は今月末ごろまでという。ハウス内は普段は非公開だが、羽化したオオムラサキの一部は、7月上旬ごろまで橿原市昆虫館で公開されている。

師の背中を追って

20代前半の頃、堺市の工場で働いていた林さんは、趣味のサイクリングで橿原市昆虫館に立ち寄った際、温室内を飛び回るチョウに魅了された。

同館のボランティアスタッフとして活動を始めたのを機に、橿原市内でオオムラサキの人工繁殖に長年取り組む秋山昭士(しょうじ)さん(故人)と交流を開始。ひたむきに打ち込む姿勢にひかれて、秋山さんを「師匠」とあおぐように。工場勤務の傍ら休日に通って飼育を手伝っていたが、やがて橿原市内に移り住み、人工繁殖のノウハウを学んだ。

平成28年に秋山さんが67歳で亡くなったため、オオムラサキを譲り受けて人工繁殖を継承。令和3年に脱サラして飼育に専念した。

「オオムラサキは成虫として飼育するのが難しい」と林さん。餌は雑木林のコナラやクヌギの樹液のため、繁殖に必要な量の確保は容易ではない。そのため、乳酸菌飲料を薄めて焼酎を少し加えて発酵させた特製の餌を与えている。「師匠が考案し、毎年千匹ほどが羽化しているがみんな好んで吸っています」と懐かしむ。

オオムラサキの全国有数の生息地にあり、毎年500~600匹が羽化する山梨県の「北杜(ほくと)市オオムラサキセンター」のスタッフ、細田楓(かえで)さんは「オオムラサキは幼虫から成虫まですべてのプロセスで飼育が難しい。千匹以上も羽化させる事例は他に聞いたことがなく本当にすごい」と話す。

「蝶たろう」の名でも

翌4年には、明日香村の飛鳥美人壁画で有名な高松塚古墳から歩いて数分の場所に飼育ハウスを設置。「国蝶でもあり、日本の国が誕生した飛鳥の地にマッチするのでは」。クラウドファンディングで建設費の支援を呼びかけ、目標の50万円を大きく上回る約220万円が寄せられた。

現在は「蝶たろう」の名でユーチューバーとして活動しハウスでの飼育を動画で発信しているほか、県内外の小学校で出前授業なども実施。「将来はハウスを拠点に子供たちがいつでもチョウに触れ合える場にしたい」と目を輝かせる。(小畑三秋)

オオムラサキ 羽を広げると10センチほどになり、タテハチョウ科の中では国内最大級。華麗で堂々とした姿から、日本昆虫学会が昭和32年に国蝶に選定した。6~7月ごろ産卵し1週間ほどで孵化(ふか)。幼虫はエノキの葉を餌とし、越冬して翌年夏前にさなぎから羽化して成虫になる。日本列島に生息するが、高度経済成長を機に開発に伴う里山の減少などで徐々に減少。レッドリストの「準絶滅危惧」は、生息条件の変化によって「絶滅危惧」に移行する可能性がある種とされる。

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