昭和58年生まれの私 講談師、神田伯山さん「いい話」求められる令和は疲弊している プレイバック「昭和100年」
産経ニュース / 2025年1月19日 8時50分
たばこの煙だらけの室内
貿易会社に務めていた父の仕事の都合で家族でブラジルに行き、帰国したのが4歳のころ。4人家族と祖父母の6人で、東京・池袋の一軒家に住みました。
昭和の原風景といえば、父親がセブンスターを家の中で吸っていて、室内が煙だらけだったことですかね。もちろん当時は嫌だったんですが、最近、「たばこと塩の博物館」(東京)で神様がたばこを楽しんでいる紀元前の壁画を見たりして、喫煙も一つの文化なのかな、と見直したりしています。肉や酒を口に入れることも、さらに言えば講談や落語、エンタメを楽しむことも実は害悪の面はあるんですよね。自分は喉の商売なんで、隣でたばこを吸われるなんて絶対嫌ですけど(笑)
講談は「宝の山」だった
自分が講談や落語に没頭した高校~大学のころ、若者で興味を持っているのは誰もいないのではないかと錯覚するほど、講談には世間が無関心でした。考えてみれば、講釈師が何の説明もなく「連続物」の途中部分から話し始めたり、演者の目の前で勝手にカセットテープで録音している客がいたり。「この業界、絶対つぶれるな」と思いました。最初は未来をまるで感じなかったです。
でもね、だんだん面白さに気付いてきたんですよ。「日本にはこんな物語があったのか」と。講談は耳が慣れてくるまで時間はかかるんですけど、聞き手が経験を積めば、確実に面白さが増す。同世代の若者が好きな漫才や漫画に比べても価値のあるエンタメだと感じて、「宝の山を見つけた」という純粋な喜びに変わりました。
しきたりに反発した前座時代
平成19(2007)年に前座修業を始めた当初は、昔から引き継がれたしきたりに反発も大きかったです。師匠方がはなをかんだらゴミ箱を差し出すとか、奴隷やでっち奉公のように思えて嫌だった。でも、時間をかけて慣れる中で、仕事の前日に先方に必ず電話をかけることは日程確認を兼ねているとか、一つ一つの行動に意味があると思えるようになりました。
最近、習い事の先生への謝礼にピン札(新札)を用意すべきかがSNS(交流サイト)上で議論になってましたが、くしゃくしゃのお札で構わないという意見が大勢でびっくりしました。なんでも効率化すればいいわけではないと、60~70代の方には共感してもらえると思うんですが。
そういった面で、平成生まれの弟子たちに対しても、ほかの師匠や先生方より厳しく接しているという意識はあります。でも何が正解かは分からないです。弟子も個性が違うので。師匠としてもずっともがいています。ただ、私は師匠として、弟子の人生に責任を負わなきゃいけないところはあるので、ブレないようにはしたいと思います。
昭和と令和の笑いの違い
今、高座に上がって感じるのは、お客さんに喜んで頂く話が昭和の時代とも、または10年前とも大きく違うということですね。ビートたけしさんが昇り龍だった1980年代は、真面目に働く人をバカにする笑いがあったんですけど、あれは社会が経済的に潤っていて、余裕がある時代に効果的な笑いだったと思うんです。今人気なのは、普通の人情噺みたいなもの。ベタで「いい話」を求められるのは、それだけ社会が疲弊しているということなんでしょう。
古典講談って一言一句、昔と同じでやっていると思われがちなんですけど、これは明確に違います。例えば「万両婿」という話では、小四郎という男が死んだという誤解から妻が別の男と再婚し、人の紹介で小四郎の方はもっと若くて美人なおよしという女性と再婚するんですが、教わった通りに読んでいくと「結局男は若い女がいいのか」という反応でお客が離れていく。これをおよしの方に選ぶ権利があり、小四郎の真面目さが評価されたという風にほんの少しずらすだけで、現代で通用する話に戻るんです。当世の価値観、お客さんの空気、そして昔の価値観。全部を把握して、絶妙なところに落とし込まないと、令和の講談として成立しなんですね。ただ、お客さんに合わせすぎると面白くなくなったりするので、折り合いが大事なんですが。
太陽の塔の力強さに感動
平成2(1990)年に上野の本牧亭が閉場して、幕末や明治の時代には東京だけで200軒あった(講談専門の)講釈場が今は一軒もなくなった。令和の時代にこそ、講釈場を作りたいと思ってます。江戸時代の日本人がどういう物語を愛してきたのか、というのを現代のわれわれが地続きで見て吸収するというのが文化であり、日本人そのものだと思うんですよね。
過去のノスタルジーに浸るばかりではなく、現役のわれわれの力で講談界を盛り上げ、下の世代に伝えていきたい。講談を初めて聴くお客さんが9割以上の会に臨むこともあるので、地道な草の根運動をするのが私の役割ですね。読み物のどこが面白いのかをいちいち説明するのはやぼなんですけど、でもやぼなことを言わないと、文化が死んじゃうので。
私は大阪万博(昭和45年)のシンボルだった太陽の塔が大好きで、フィギュアを持っているほど。「無駄を省く」とか「効率化」とかを度外視して建設され、無意味に屋根を突き破る勢い、爆発力がある。見るたびに感動するんですよね。あの力強さが、私にとっての「昭和」です。制作者の岡本太郎さんはキャラクターが強烈ですが、太陽の塔はその岡本さんのキャラを超える作品になった。私も、表現者本人より「表現した作品」が後世に残る仕事をしたいと思います。(聞き手 時吉達也)
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