増え続けるシニア労災 加齢や持病もハードルに 高齢者に厳しい会社は若者も働きにくい これから 100歳時代の歩き方
産経ニュース / 2024年7月7日 9時0分
働く高齢者の労働災害が深刻になっている。高齢者の労災が多くなる一方、労災の申請や認定のハードルが高い面があるのだ。高齢者の労働力に期待する職場では、さまざまな工夫で安全と健康を守ろうとしている。シニア就労が広がりを見せる中、すべての職場で安全対策が急がれる。
今年5月、派遣社員の70代男性が通勤時に駅で転倒、頭を打って救急搬送された。現在もリハビリ中で、派遣会社は労働基準監督署に労災を申請した。
高齢者の労働災害が増えている。厚生労働省が発表した令和5年の「高年齢労働者の労働災害発生状況」によると、60歳以上の高齢者の割合は、雇用者全体のうち18.7%だが、労働災害による休業4日以上の死傷者数のうちでは29.3%を占め、割合自体も増え続けている。
労働者は正規、非正規の別なく、業務上や通勤で起きた病気やけが(労働災害)に対し、労災保険の補償を受けられる。会社は労災保険への加入が義務付けられている。給付には、労働者が会社に報告後、本人か会社が労基署に申請・請求し、労基署の調査を経て、認定を受ける必要がある。
東京労働安全衛生センターの飯田勝泰事務局長によると、高齢者は周囲や自身への影響を考えて、会社への報告を躊躇(ちゅうちょ)する傾向があるという。冒頭の事故では会社が労災申請に協力的だったが、「会社が協力的でなかったり、手続きが煩雑だったりで申請をあきらめる人も少なくない」と指摘する。
高齢者は労災認定率も低い。5年度の厚労省の「過労死等の労災補償状況」によると、脳・心臓疾患では全体の認定率が32.1%なのに対し、60歳以上は23.1%だった。飯田事務局長は「高齢者は持病や加齢があるため、病気やけがが業務に起因すると証明するのが難しい」と説明する。
このような状況でも「認定の余地はある」と、労災などに取り組む、ひらの亀戸ひまわり診療所(東京都江東区)の毛利一平所長は言う。「持病があっても、業務によって悪化した場合は業務上疾病として扱われる。あきらめずに、労災が起きたときは手続きをしてほしい」と訴える。(本江希望)
「過労死ライン」が壁
高齢者は労働時間が少なくなりがちで、労災認定の基準となる過労死ラインに達せず、認定の壁になることがある。
令和2年7月、都内の食品会社で働いていた当時71歳のパート男性が、高温の作業場で厚焼き卵を製造中に倒れ、心筋梗塞で死亡した。会社の誤発注で、男性は普段の倍以上の厚焼き卵を作っていた。
過労死ラインは、時間外労働が発症前1カ月に100時間、または発症前2~6カ月間の平均が月80時間を超えるとされる。男性の遺族は労災申請したが、発症前1カ月の残業が約70時間で認定されなかった。その後、認定基準が見直され、昨年11月、労災と認定。高齢での作業環境の負荷なども考慮された。
遺族側代理人を務めた尾林芳匡弁護士は、高齢者も現役世代と同じ過労死ラインが適用される現状を問題視。「年齢を含め、それぞれの労働者に合わせて、さらに配慮して判断していくべきだ」と話している。
シニアに配慮する職場
高齢者にこまやかな配慮をしている会社もある。
シニアの人材派遣を行う高齢社(東京都千代田区)。平均年齢は約72歳。村関不三夫社長は「労災対策は重要課題で、最も怖いのは転倒事故だ」と話す。
同社は、派遣先の設備を事前確認▽派遣社員の健康状態を把握▽何か起きたらすぐ駆けつける-などを励行。「無理せず働けるよう、複数で仕事を分けている」(村関社長)という。
電線加工・製造などの東神電工(川崎市)も高齢者採用に積極的だ。
会議室に飾られた、赤と白のバラ。検査課主任の渡辺和子さん(66)が自宅で育てた花で、商談客にも好評だ。図面を見ながら電線をチェックしていた佐藤和子さん(80)は勤続30年以上で、「仕事は達成感がある」と話す。本木保則社長は「年長者は気配りがあり、職場の雰囲気や若い社員にも良い影響を与える」と評価する。
同社は、重い荷物は2人以上で運ぶ、転倒防止で床に物を置かない-などを徹底。休みを気軽にとれる雰囲気を醸成し、有給の特別休暇も新設した。本木社長は「高齢者に厳しい会社は若者も働きにくい。健康で安全に働ける環境作りは会社の責任だ」と語る。
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