品薄と高騰のコメ 自給率100%でも供給混乱、食料安保へ不安 農政転換の機運高まらず
産経ニュース / 2024年9月11日 16時45分
今夏のコメの品薄や価格高騰は、コメを中心にする日本の農業政策の課題を改めて浮き彫りにした。地政学や気候変動などのリスクが高まる中、大災害に見舞われたような深刻な状況下でもなく、ほぼ自給率100%のコメの供給で混乱が生じたことは食料安全保障の確保に向けても不安を残した。今回の問題がコメの価格維持を目的に供給量を抑える旧来型農政の転機ともなりそうだが、目前に迫った自民党総裁選でも大きな争点にならず、その機運は高まらない。
再燃する生産調整廃止論
「今回のコメ品薄と価格高騰は昨夏の猛暑による不作や訪日客増加による需要増とされるが、根本的な原因は政府が続ける〝生産調整〟によるコメの供給不足だ」。農産物の供給問題が起きる度に盛り上がる、こうした生産調整の廃止を訴える有識者の主張が、今回もメディアをにぎわした。
政府は平成30年、米価の値崩れを防ぐため国がコメの生産量を調整する減反政策を廃止したが、その後も全国の生産量の目安を提示。生産量を絞り、補助金で飼料用米などへの転作を促し、実質的に減反を続けているとの見方だ。
「政府は毎年の人口減などを考慮し、コメの需要が毎年10万トンずつ減少する前提で生産調整しているため、作況指数が前年並みの100でもコメの生産量は少なくなる」。そう解説するのは、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹だ。
作況指数が101だった令和5年産のコメ生産量が前年の670万トンから9万トン減少している実態を示し、山下氏は「コメ余りにならないようあらかじめ需要に合わせて生産量を絞っているため、今回のような急激な需要増などの変動には対応しにくい」と問題点を指摘する。
価格優先で備蓄米放出せず
食の多様化でコメの1人当たりの消費量は減少が続き、近年はピーク時の半分以下の年間50キロまで落ち込んだ。それに合わせてコメの生産量も昭和42年のピーク時の1445万トンから現在は700万トン以下に半減し、水田も約4割を減反して6割程度の活用に抑えている。現在もコメの生産量を減らすため、水田を麦や大豆などに転作した農家に支払う補助金などに約3000億円の予算を充てている。
生産調整は、米価を安定させることで農家の収益性を向上させるのが目的だ。今回の品薄を受けて大阪府の吉村洋文知事が要請した政府の備蓄米放出を農林水産省が拒否したのも、「供給量が増えることによる米価下落の防止を図った」(山下氏)とみる向きがある。実際、今年のJAグループがコメ生産者に前払いする概算金は、品薄による需給逼迫や資材の高騰などもあり、前年に比べ2~4割上昇。店頭価格もそれに伴い値上がりする見通しだ。
だが、米価上昇は農家所得を向上させるが、消費者のコメ離れを加速させかねない。そこで導入が期待されるのが、米価低下の影響を受ける農家に対する所得の直接補償(直接支払い)だ。米価が急落しても農家の所得が補償されるため、農家の減少や安価なコメの安定強化にもつながると期待される。
余るコメの利用可能性は
また、世界的な日本食ブームを背景に、調整を行わずに生産して余ったコメを輸出に回すことで、農家の所得向上を図る案も浮上する。
「世界的には日本で生産される短粒種米より長粒種米の需要が多く、輸出を大きく増やすのは難しい」(農水省幹部)との指摘もあるが、山下氏は「中国の消費量の3~4割が短粒種米に切り替わっており、開拓余地がある」と前向きだ。
余ったコメの利活用については、東京大大学院の鈴木宣弘特任教授が「備蓄米の拡大に充てるべき」との提案を投げかける。
現在、政府は約100万トンのコメを備蓄しているが、「国民が食べられる1・5~2カ月分の水準で、備蓄能力としてはかなり貧弱だ」という。中国が約1年半分の穀物を備蓄している例を挙げ、「日本もせめて国民が1年分食べられる量を備蓄し、生産調整から販売調整に政策を変え、コメ需要拡大に向けた財政出動をすべき」と主張する。
とはいえ、輸出面では、現在のコメの年間輸出量は約3万トンと生産量全体の1%にも届かない規模で、急増の期待は薄い。いずれの政策転換もコスト面が課題で、財務省の理解を得るのが難題だ。コメの備蓄には年間500億円弱の予算を計上しており、単純に備蓄量を6倍にすれば3000億円の予算が必要になる。農家への直接補償の導入に向けては、米価下落で農家からの販売手数料収入の減少などを懸念するJAの反発も予想される。
課題は生産調整の構造
一方で、今回の品薄問題に対する政府の対応について「基本的に問題がない」と話すのは、宇都宮大の小川真如助教(農業経済学)だ。一連の問題は「生産調整政策が、コメの消費量が減るほどコントロールが難しくなるという課題が背景にある」とみる。
現行の生産調整について、小川氏は「コメの主産地が偏る現在、産地が被害を受けた場合に、特に需給ギャップの影響が出やすい構造にある。だが、こうした特徴への対応が織り込まれていない」と指摘。「現在行っている単年度の生産調整を、少なくとも2~3年の中期的な展望で需給調整ができるよう修正する必要がある」と訴える。
また、小川氏は政府の備蓄米の制度見直しについても言及する。今回の問題では、米菓やお酒などの製造業者の要望がある中、備蓄米の一部が加工用に限定して放出されたと説明。対して国民が食べる主食用米が放出されなかったことで「運用方式に透明性がなく、制度的にクリアな形でコントロールするべきだ」と注文をつける。(西村利也)
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