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再開の祭りを照らす江戸手描提灯 浅草の4代目が墨に込めた「粋」 くらしと工芸

産経ニュース / 2024年6月14日 9時0分

文字の外枠(籠字)が描かれた高張提灯を手に、全体のバランスを確認する櫻井悠子さん(酒巻俊介撮影)

コロナ禍で減っていた祭りが復活し、各地で盛大に行われそうな今夏。書き入れ時を迎え、ひときわ忙しく手を動かしているのが、祭りに欠かせない提灯(ちょうちん)の職人たちだ。東京の下町で仕立てられる江戸手描(てがき)提灯は、印刷にはない味わい深い文字で、江戸っ子の粋(いき)を表現している。

のれんを守る女性職人

壁から天井まで一面に、大小の提灯が下がる小さな店が東京・浅草にある。明治26年創業の江戸手描提灯専門店「花藤(はなとう)」。店の奥にしつらえた1畳ほどの作業場で、4代目の櫻井悠子さん(46)が、自分の体ほどもある大きな提灯に向かって一心不乱に筆を走らせていた。口元を引き結び、息をしずめ、空気がピリリと張り詰める。

100本以上の筆と愛用の墨が手に届く範囲に収まる作業場で、1日の半分以上を座りっぱなしで過ごす。祭礼需要が集中する夏場を前に、今が最も忙しい。

「コロナ禍で途絶えていたお祭りが今年はほとんど再開するので、注文は例年よりも多いほど。提灯屋はお祭りがあってこそです」と、顔をほころばせた。

塗り重ねて黒さを引き出す

江戸手描提灯は、東京の祭りに欠かせない。ほかにも店先で看板代わりに使われたり、冠婚葬祭に用いられたりもする。

提灯作りは分業制で、櫻井さんは墨で文字や家紋を入れる手描き職人。描く文字は、遠くからでも見やすいように、すっきりしていて余白が広い。伝統的な書体だが定型の見本はなく、職人や店によって字形や描きぶりはさまざまだ。

まず、下書きに沿って、籠字(かごじ)と呼ばれる文字の外枠を墨で引く。横線は竹ひごに沿うように一気に、ひごをまたぐ縦線はゆがまないよう慎重に。この工程が最も難しい。そして、籠字の中を墨で二度三度と塗り重ね、文字全体の黒さを引き出していく。

漆黒の墨の向こうからにじみ出るようなやわらかな光が、手描提灯ならではの風情を醸し出す。

父の背中を追って

「ものづくりが好きだった」という櫻井さんは、まず提灯作りの本場・茨城県で3年余り、提灯本体の制作を修業。その後、手描き職人である父の後を継ごうと実家に戻った。

ところが、文字の描き方も筆の使い方も、何一つ教えてもらえない。来る日も来る日も、背中越しに手つきを盗み見ながら、見よう見まねで父の籠字を塗り続けて7年。まだ一人で字が描けないうちに、父が急逝した。

「きちんと教わりたかった」と失意の櫻井さんだったが、その間にも注文は絶えない。「父がいなくても、花藤の提灯が欲しいと言ってくださるお客さまがいる。私がやるしかない」。以来12年、4代目として店を切り盛りしている。

作品として残らない消耗品

和紙でできた提灯の寿命は決して長くない。木製や金属製の工芸品のように何十年も使えるものでもない。「生活の中に根付いてはいても、なくても困らない消耗品。作品としては残りません」(櫻井さん)。東京都から伝統工芸品として指定されたのも、42品目のうち40番目と遅かった。

それでも「お祭りや冠婚葬祭といった日本の風習がある限り、需要がなくなることはない」と櫻井さん。「私にできるのは、ただ描き続けること」と語る口調に、伝統とのれんを引き継ぐ決意がにじんでいた。(田中万紀)

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