産学連携のエキスパート 次は女将で「つなぎ役」 定年後に居酒屋開店 滋賀・草津
産経ニュース / 2024年11月12日 19時32分
草津宿(滋賀県草津市)に近い旧東海道沿いの住宅地に10月、「おとなの集い家(や)」という名の居酒屋がオープンした。女将(おかみ)の篠原弘美さん(65)は、財団法人の滋賀県産業支援プラザ(大津市)の職員として、産学連携の〝つなぎ役〟を長年にわたって務めてきた。定年退職後も「つながりの芽を生む場をつくりたい」という思いが募り、念願の自分の店を開いた。
腰かけのつもりが
JR草津駅から徒歩で10分余り。駅前の喧噪(けんそう)とは無縁の閑静な住宅地の一角で夜、「おとなの集い家 おばんざい しのはら」のスタンド看板が点灯する。
「お待たせ」。篠原さんがカウンターや座敷の客に酒や料理を運ぶと、その先々で「そういえば…」と談笑が始まる。篠原さんの会話のパスをきっかけに、初対面の客同士がいつの間にか酒を酌み交わしているのも毎夜の光景だ。
篠原さんは草津市出身。隣の栗東市に昭和60年、県工業技術センター(現県工業技術総合センター)が設立されることになり、県工業技術振興協会が人材を募集。これに応募して採用された。「まだ20代のキャピキャピのころで、腰かけのつもりだった。ワープロができるだけで重宝された」と笑いながら振り返る。
当時はちょうど、龍谷大や立命館大が県内に理工系学部を相次いで開設した時期。同センターが大学と企業の産学連携を担うようになり、篠原さんも連携の仲介役を任された。
「企業の課題やアイデアと大学の研究の接点を見つけるのが楽しくて、開発が成功すると、女性でもこんなことができるんだというやりがいが生まれた」
平成11年、同協会や県中小企業振興公社など4団体が統合し、県産業支援プラザが設立された。大学教授などの人脈もますます広がり、企業の社長や開発担当者を訪問してマッチしそうな研究の情報を伝え、新しい製品開発に結びつける業務に奔走した。
開発は、国の戦略的基盤技術高度化支援事業の補助金などを活用。プラザが提案した同事業の年間採択数が全国の機関で1位になるなど、いつしか産学連携のエキスパートになっていた。
つながりを大事に
ものづくり支援課長や連携推進部副部長などを歴任し、令和5年3月に退職。近畿経済産業局長から、それまでの「中小企業の研究開発から事業化・販路拡大までの一貫した支援」に対する感謝状が贈られた。
人と人をつなげることによる異業種間のマッチングが「天職」だと感じた篠原さん。退職後の夢に描いていたのが、「おいしい肴(さかな)と酒でくつろぎながら出会えるおとなの集い家」だ。
退職後に開店場所を探していたところ、知人から、草津市の多文化共生支援センターの活動拠点になっている建物の1階で、元料亭の厨房(ちゅうぼう)が残るスペースを紹介された。「シニア層を中心とする情報交換の場に」という店のコンセプトが、外国人支援や子ども食堂などを通じて多様なつながりを大事にするセンターの理念と合致した。
料理は各種おばんざいや刺し身などを一品数百円で提供。メニューはどれも篠原さんのめいなど料理が得意な親族らも協力して工夫を凝らしたものだ。酒はビールや焼酎のほか、滋賀の地酒もそろえる。
買い出しや仕込みだけでなく、店を開けている間立ち続けるのは年齢的には正直しんどい。県工業技術振興協会時代に産学連携で手掛けた立ち仕事でも座れる椅子が、実はカウンターの内側で活躍している。
バスケットボールBリーグ「滋賀レイクス」の熱烈ファンでホームゲームに足しげく通う篠原さん。店がオープンしてからは観戦の回数が減ってしまったが、夜に公式戦がある日は店内のモニターで観戦する。
「求められていたはずなのになかったような、そんなお店を目指したい」。篠原さんはきょうもカウンターに立ち、客同士をつなぐ。(川西健士郎)
◇
開店時間は午後5~10時。日、月曜定休。問い合わせは同店(090・2388・8795)。
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