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伝統工芸と現代建築 博多・櫛田神社に隣接する「灯明殿」 松岡恭子の一筆両断

産経ニュース / 2024年7月23日 8時40分

松岡恭子さん

建築家と建築士はどう違うの? と聞かれることがあります。はっきりした定義はないものの、建築士はあくまで資格所有者を意味し、建築家は仕事への精神性を呼ぶと私は思っています。用途や敷地の意味、依頼主の想いを考え抜き、空間を描き、関係者に耳を傾け協力を得ながらコンセプトを守り、建物を完成に導くのが建築家です。いかに考えることをやめないか、最後まで考え続けることができるかを自分に課すのが建築家の共通点だと思います。

福岡市博多区にある「宮前迎賓館 灯明殿」は会食や結婚式、会合など集いの場所として平成4年末に完成しました。敷地の西側は古来は海、中世には貿易港だった歴史ある場所です。隣接する櫛田神社は博多の総鎮守とされ、全国に知られる祭り、博多祇園山笠はこの神社の氏子の奉納神事でもあります。新たに建物を設計するのは、地元の人にとっては腰が引けてしまうほどの敷地です。

設計者は福岡県生まれの高木正三郎氏。易(やす)きに流れた結果現代人が失ってきた環境を凝視し、漆喰(しっくい)や木など自然素材と日本の技を用いて現代の空間を再構築しようと挑戦を続ける建築家です。この建物の外観が与える強烈な印象は、伝統建築を思わせる反りの効いた2つの屋根が、背の高いガラスの箱の上に持ち上げられ、宙に浮いている姿によるものです。その屋根は神社の北神門と呼応するかたちであり、神社と対峙(たいじ)するのではなくその景観を拡張しているように感じられます。またガラスの箱は伝統的建築の姿とはかけ離れているように見えても、その背後に透ける、内部空間全体を包み込む障子群が日本建築の手触りを視覚的に伝えているので違和感はありません。日が暮れるとその障子が、内包する柔らかな光を周囲に発し、建物全体が大きな灯明、神社への献灯となるというコンセプトです。

内部には会合ができる大小4つの空間があり、それらの部屋はもちろん、廊下やエレベーターホールなど移動空間にも多様な建築の技が埋め込まれています。大工、建具、左官の仕事が空間の骨格をつくり、組子や鉄工が細部を華やかに彩り、それらが融合し視覚化した寿(ことほ)ぎが晴れやかに来訪者を迎え入れます。ハイライトはやはり前述した障子です。なじみ深い建具でありながら、これほど広い面をなした姿は誰も見たことがないはずです。その障子は太鼓張りと呼ぶ、桟の両面に和紙を張る工法でつくられています。そのため一番外部側にあるガラス面と、その内側にある障子の間にまず第一の空気層ができ、つぎに両面の和紙に挟まれた障子の内部が第二の空気層になり、室内の断熱効果が上がる工夫です。また、内部からも外部からも桟が見えない、という姿も狙いだったのかもしれません。最も大きな部屋は披露宴に使われることが多いと思いますが、障子を通して届く日光が柔らかく部屋全体に行きわたり、繊細な千本格子と組子が目を楽しませ、日本ならではの目出度(めでた)さに包まれる気がします。

まるで伝統技法のミュージアムのような建物ですが、博物館のように陳列するのではなく、また寺社仏閣建築とも異なり、伝統とは実は私たちの日々の暮らしにもっと取り入れることが可能なのではないかと思わせ、親しみを誘います。さまざまな材料や技をひとつの現代建築にまとめ上げるにはなかなかの力量とエネルギーを要し、数年に及ぶ仕事の期間に、設計者はこのプロジェクトのことを一日たりとも考えない日はなかったと想像します。そういう思考の積層に厚みがある建築は、仮にとてもシンプルに見えるものであったとしても、多くを語りかけてくるものです。街の大切な場所の一角に、大きな熱量を投じられた建築が現れたことを一市民としてもよかったと思うのです。実際に体験していただきたいと、来月は「NPO法人福岡建築ファウンデーション」で建築ツアーを開催します。

松岡恭子(まつおか・きょうこ) 昭和39年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校、九州大学工学部卒。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了。建築家。設計事務所スピングラス・アーキテクツ代表取締役および総合不動産会社、大央の代表取締役社長。NPO法人福岡建築ファウンデーション理事長も務め、建築の面白さを市民に伝えている。令和4年6月から一般社団法人都心空間交流デザイン代表理事。

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