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とらえたい〝棚氷崩壊〟の前兆 女性初の南極観測隊長・東大教授 原田尚美さん(57) 令和人国記

産経ニュース / 2024年9月29日 7時0分

女性初の南極観測隊長を務める原田尚美さん=東京・立川市の国立極地研究所(芹沢伸生撮影)

東京大学大気海洋研究所国際・地域連携研究センター教授の原田尚美さん(57)は、今年12月に日本を出発する第66次南極観測隊で隊長を務める。日本の南極観測史上、女性隊長は初めて。今、南極では氷の融解が急激に進み「今世紀半ばには後戻りできない状況に陥る」との見方もあるが、観測データが乏しく正確な予測は困難。それだけに、氷海を巨大氷河の縁まで進み観測を行うスキルを持つ日本の観測隊に、世界が注目する。重大な任務に赴く意気込みを聞いた。

25%が女性〝隔世の感〟

南極観測隊参加は3回目で、最初は平成3年に出発した33次隊です。当時は名古屋大の大学院生で「日本隊2人目の女性隊員」。2度目は60次隊(30年出発)で「女性初の副隊長兼夏隊長」でした。いつも、マスコミに注目されている感じですね。でも、66次隊の構成は25%が女性で〝隔世の感〟があります。

現在、南極の氷は劇的な速度で解けています。南極大陸周辺には「ここの氷が解けると大陸の膨大な氷が一気に海に出ていく恐れがある」というホットスポットが複数あります。氷の流出を食い止める「蓋」のような場所で、その一つが「トッテン氷河」。そこには、全部解けると世界の海面水位を約4メートルも上昇させる量の氷が存在します。

南極大陸に降った雪は上に積もる雪に押されて氷になり、長い時間をかけて少しずつ移動します。沿岸に達した氷河は海へせり出し、浮いた状態の「棚(たな)氷(ごおり)」になります。トッテン氷河の末端、棚氷の下には暖かい海水が流れ込み、大規模な〝棚氷崩壊〟が起き始めています。日本の観測隊はその前兆をとらえようとしています。

弘前の桜に魅了され

高校時代は、理科があまり好きではありませんでした。でも、弘前大(青森県弘前市)の地球科学科には興味を持ちました。高校の理科は物理、化学、生物、地学ですが、地球科学はどれにも当てはまりません。それが面白そうで…。雑誌「ニュートン」やNHKの「地球大紀行」などで、地球科学の情報が家庭にも入り始めた時代でしたね。大学では大気中の放射性核種を研究しました。

大学時代、勉強以外で印象深いのは桜。弘前城の桜はダイナミックでした。日本一です。キャンパスが弘前城に近く、桜の時期に授業がないときは自転車で花見に出かけていました。今でも行きたくなりますね。

大学院では、海底の堆積物から過去の海洋環境を復元したり解析する研究を行いましたが、一度は民間企業に進むことを決めました。でも、内定後に参加した研究航海で海底堆積物採取などを経験。「自分で採取した試料は自分で分析したい」と強く思い、就職をやめ博士後期課程に進みました。

研究室は生物地球化学が専門。セジメントトラップ係留系という装置を海の中に設置し、採取したマリンスノーと呼ばれる巨大粒子から得たデータを基に、炭素循環に関する分析や解析などを行っていました。

教官を説得し、隊員に

博士後期課程1年の時、研究室に南極観測隊への派遣要請がありました。男子学生が全員断ったのを知った私は指導教官を説得し隊員に決定。初めての極地では、南極海に設置した重要なセジメントトラップ係留系の回収に失敗するなど苦い経験もしました。

60次隊では副隊長兼夏隊長として、観測や物資輸送などが円滑に行えるよう調整役に徹することだけを考え臨みました。しかし、現場に行くと「研究もしたい」との思いがわき「もう一度、機会があったら自分の課題もやろう」と考えました。

今回は激変する南極の環境の中で何がどう変化しているのか、特に海水中の巨大粒子などを調べ、気候変動と密接に関係している炭素循環の変化を解き明かしたい。使う装置はセジメントトラップ係留系。これは33次隊で自分がやり残した〝宿題〟でもあります。

「地球の危機」を知って

南極の現状や観測隊の活動が報道される機会はそれほど多くありません。でも「初の女性隊長」がニュースになれば、気候変動や観測の重要性なども同時に報道されます。今、極域で起きている環境の激変は、日本にも関係しています。少しでも多くの人に「地球の危機」を知ってもらい、自分事としてとらえる機会が増えればうれしいです。

大変なのは、地球環境の情報などにあまり接したことがない人たちにどう伝えるか。今回はファッション誌などの取材もあります。これは普段、リーチできない層に訴えるチャンス。「今まで気にしたことがなかった」という人が、環境問題について考える契機になればと思います。

取材を受けるときは年齢も積極的に出しています。昔、南極観測隊員は若くて屈強な男性という印象でしたが、最近は多様化しています。シニアの女性も特別ではありません。そんな一面も伝えて、より多くの人に南極を目指してもらいたいです。

やれるのは日本だけ

今、南極のトッテン氷河では、巨大な棚氷が暖かい海水で解けて崩壊し始めています。発見したのは日本隊で重点的な観測を続けています。日本周辺では現在、年間3・5ミリほど海面上昇していますが、トッテン氷河と周囲の氷が全て解けると、桁違いの約4メートル上昇すると見積もられています。一帯では棚氷が欠けてできたと思われる氷山が非常に増えています。

トッテン氷河の大規模崩壊の前兆をとらえるデータを集めるためには、海氷を割って棚氷の末端部まで行く必要があります。これは卓越した砕氷能力の観測船「しらせ」を持つ日本にしかできません。

今回は、水温や塩分濃度などを測るセンサーを搭載し海水も採れる「CTD採水器」で徹底的に観測します。海水採取とデータを同時に取る作業をしらせを移動させながら繰り返し行い、どれだけ熱が海から来ているか▽海水がどれだけ淡水化しているか-などを調べます。

二酸化炭素(CO2)による海洋酸性化も問題で、CO2濃度のセンサーも導入します。極域は気温も水温も低いためCO2が海水に溶けやすく、酸性化の進行が速いんです。トッテン氷河沖の観測は、物理だけではなく化学、生物など総合的に行います。

南の果てで一体、何が起きているのか。急いで観測を始めないと、変化の度合いが加速度的に強まってしまいます。今回、私が隊長に選ばれたのは、海洋学が専門の研究者ということもあると思います。

できる限りサポート

南極に行くのは今回が最後かなと思っています。ですから、現地では一日一日を一生懸命、記憶しておきたい。雄大な景色、見るもの、聞くもの…どこまでやれるか分かりませんが、しっかりと経験を心にとどめて帰りたいですね。

隊長として目標にしているのは「全隊員の仕事の100%成功」です。でも、相手は南極の自然ですから計画通りには行きません。実際は「100%にどこまで近付けられるか」。隊員たちは何年も準備をしてようやく臨む本番ですから、できる限りのサポートをしたいです。

私は人を引っ張るタイプのリーダーではありません。もし、何か問題を抱える隊員がいたとき、それを小さいうちに摘み取るようにしたい。地道にコミュニケーションを取り成功につなげたいと思います。

(聞き手 芹沢伸生)

はらだ・なおみ 昭和42年生まれ。北海道苫小牧市出身。弘前大学理学部卒、名古屋大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。専門は生物地球化学、古海洋学。南極観測隊には「隊長」のほかに、南極の夏に観測などを行う夏隊のリーダー「夏隊長」と、南極に1年以上滞在する越冬隊を仕切る「越冬隊長」があり、66次隊では隊長と夏隊長を兼務する。出発は今年12月で帰国は来年4月の予定。

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