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息子の命を奪った男へ母親が伝えたい本当の思い 伝達制度開始半年、書面方式のもどかしさ

産経ニュース / 2024年7月16日 8時0分

弁護士を通じて届いた心情伝達結果通知書=京都府(一部画像処理しています)

事件や事故の被害者や遺族が、刑務所や少年院にいる加害者に気持ちを伝える「心情伝達制度」が昨年12月に始まり、半年が経過した。刑務官らが被害者や遺族の心情を口頭で聞き取り、内容を書面にまとめて加害者の面前で読み上げる。被害者側が希望すれば、加害者の反応などを書面でフィードバックする。加害者に反省と更生を促すことが目的だが、制度の課題も浮かんでいる。

懲役14年の実刑言い渡された男

「想像ですけど、加害者は誠実に答えてくれたとは思う」。14年前に長男の圭祐さん=当時(19)=の命を奪われた母の釜谷美佳さん(58)は、制度を利用した感想をこう話した。長らく抱き続けてきた疑問や思いを伝えたところ、加害者の男(36)からは返信が届いた。

圭祐さんは体を動かすのが大好きで、野球やサッカーに熱中していた。母の日には毎年欠かさずチョコレートをプレゼントしてくれた。怖がりだけど、母親思いの優しい性格。かわいくて仕方がなかった。

だが平成22年10月29日未明、圭祐さんは神戸市須磨区の路上で男らから頭や顔に殴る蹴るの暴行を受け、死亡した。

圭祐さんが搬送された病院の集中治療室(ICU)で対面したときの光景は、今も目に焼き付いて離れない。その顔は、まるで別人のように腫れ上がっていた。

当時22歳だった主犯格の男は、圭祐さんと友人が男の妹を連れ回していると思い込み、激高。仲間を集め、長時間にわたって執拗(しつよう)に圭祐さんらに暴行を加えたという。圭祐さんは顔が判別できないほど殴打され、その日のうちに亡くなった。

神戸地裁は平成25年2月、傷害致死罪などに問われた男に求刑通り懲役14年の実刑判決を言い渡した。釜谷さんが目にした公判での男の態度からは、反省の色はうかがえなかった。

「まじめにやっていこうと思っている」

男の服役後は半年に1度、通知書が届く。刑事事件の被害者らに加害者の処分結果を通知する「被害者通知制度」に基づいたものだが、記されているのは日常的な態度や懲罰の結果のみ。無機質な文字の羅列から得られる情報は、ほんのわずかだった。

男が塀の中で何を思っているのかは全く分からない。反省しているとも思えない。そもそも、愛する長男の命を奪った男について「進んで知りたくはない」。一方で、「向き合わなければならない」とも感じていた。

こうした被害者や遺族らの思いに応えようと昨年12月に始まったのが、「心情伝達制度」。自分が起こした事件の被害者や遺族の思いを理解させ、更生につなげるのが狙いだ。

釜谷さんはこの制度を利用することを決意し、今年4月、近畿2府4県に所在する刑務所などを管轄する法務省の出先機関「大阪矯正管区」で担当の刑務官に思いを伝えた。「事件を起こしたことに関する後悔は」「今日までどんな気持ちで生活してきたのか」…。事件の日の記憶がよみがえり、涙が出ることもあった。刑務官は一緒に涙を流しながら聞いてくれた。

しかし、出来上がった書面には、話した内容の大部分が記載されていなかった。その後、担当刑務官とのやり取りを経て書き加えてはもらえたが、釜谷さんの思いをくんだ内容になったとは思えない。「(男に対して)怒っているだけじゃない。苦しくて泣いたりした部分も知ってほしい。書面だけだと伝えきれない部分がたくさんあると思う」

聞き取りから約3週間後、男から返信が届いた。刑務官からは、釜谷さんの心情を伝えられた男が涙ぐみながらに質問に答えたことも知らされた。返信には、罪に向き合い前向きに生きていこうとする決意がつづられていた。

しっかりと向き合ってくれているんだ-。釜谷さんは「(男が)誠実に答えてくれたとは思う。(答えてくれたことについては)ありがとうという気持ち」と話し、「制度を利用しない方がよかったとは思わない」と振り返った。2度目の利用も検討している。

刑務官に委ねられる心情伝達

釜谷さんが書面について感じた違和感は、制度全体の課題でもある。被害者側の思いは文書を通して伝えられるため、刑務官から加害者への伝え方に多くの部分が委ねられる形となる。しかも加害者の担当刑務官と被害者の担当刑務官が異なるため、文書にしきれなかった被害者の思いが十分に伝わらない懸念はぬぐえない。

今年5月末までに全国で利用を受け付けた件数は59件、このうち実際に被害者の心情が伝えられたのは42件。伝えられた際の加害者の反応は遺族らにフィードバックされたが、加害者からの文書による返信がないケースも少なくないという。

大阪矯正管区の担当者は「受刑者の状態に合わせ、(被害者の気持ちを)受け入れられるタイミングで伝えている。(返信に)時間がかかってしまう場合もある」と運用上の難しさを打ち明ける。

犯罪被害者支援に詳しい高橋正人弁護士は、同制度について「加害者に思いを伝えたいと考える被害者の選択肢が増えることは評価できる」とした。一方で、「担当する刑務官の裁量によって受刑者への伝え方に濃淡ができてしまう可能性がある」とし、「文書だけでなく、被害者のメッセージの録音を聞かせるなど、被害者らの思いをできるだけそのまま伝える努力が必要で、制度の充実を模索し続けなければならない」と話した。(安田麻姫)

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