東京・恵比寿10億円不動産を他人が相続 認知症「要介護5」なのに書き換えられた遺言書
産経ニュース / 2024年12月14日 12時0分
「伯母の遺言書が書き換えられ、時価10億円相当の不動産が他人の手に渡ることになりました。本当に許せません」。取材に応じた鈴川恵子さん(仮名)=(55)=は怒りに震える。伯母は東京・恵比寿に土地や建物、賃貸マンションの部屋を複数所有したまま今年4月に94歳で死去。公正証書遺言には、不動産は全て知人男性に譲ると記されていた。これが本人の意思なら、親族がいくら異論を挟もうと法的に何ら問題ない。ただ取材を進めると遺言書作成時、伯母は「要介護5」の認知症で判断力が低下していたことが判明。正当性に疑義を抱いた裁判所は11月、知人男性に遺贈された不動産の処分を禁じる仮処分決定を出した。高齢化で死亡者が増える「多死社会」を迎える中、こうしたトラブルはひとごとではない。
恵比寿一帯で財を
知人の50代男性とともに東京都内の喫茶店に現れた鈴川さん。白髪交じりのボサボサの髪によれよれのシャツからは苦労がにじむ。
今は生活保護を受けながら、やっとの思いで生活を紡いでいるが、もともとは「東京の恵比寿一帯に不動産をたくさん所有する資産家の一人娘だった」という。
土地価格が高騰した昭和の高度成長期。高速道路の建設で立ち退きを求められた土地を〝転がす〟などして財を成し、親族が不動産経営に乗り出した。「子供のころ、行きつけの割烹(かっぽう)料理屋へ行くと、ママ(鈴川さんの母親)が机に並びきれないほどの料理を注文してくれた。『残していいから、食べられる分だけ食べなさい』と。優しいママだった」と振り返る。
成人した後も母親のそばを離れることはなく、月額60万円の小遣いが生活の糧。何不自由ない暮らしが続いたが10年ほど前に母親が亡くなり、人生の歯車が狂い始める。
カネに無頓着が災い
「ママが亡くなり、不動産を含めて5億円相当の遺産を相続しました。当時私は40歳を過ぎており、独身だった私を見かねたのか、80歳を超えて一人だった伯母が『私が死んだら全財産をあなたに譲る』と言って、遺言公正証書を作ってくれたのです」(鈴川さん)
遺言公正証書とは、死後の財産分与などを書き記す遺言を公証人が公的権限に基づいて作成することで、相続をめぐる法的争いを未然に防ぐ仕組みだ。
平成26年12月作成の遺言公正証書には伯母の死後、恵比寿の土地や建物、賃貸マンションの部屋など13物件を鈴川さんに相続させると記述。鈴川さんら親族と長年にわたり交流があり、それらの物件を管理していた地元不動産会社の男性が証人欄に名を連ねた。
そして鈴川さんは母親の遺産を元手に、東京都内で古着屋をオープンさせる。ところが定職に就いた経験がほぼなく、カネに無頓着だったことが災いし、経営はすぐに行き詰まった。わずか1年ほどで閉店を余儀なくされ、遺産を〝食いつぶす〟日々。税の納付や不動産売買の失敗などが重なって資金が底をつき、昨年10月からは生活保護費を受給している。
「見切り品」を手に
「裕福だったのは昔の話。今はネギ1本を買うにしても『見切り品』から手に取ります。ジュースを買うのもキツい生活です」(鈴川さん)
困窮にあえいでいた最中の今年4月、入院中だった伯母が他界する。10年前の遺言公正証書に基づけば、伯母の不動産がソックリ手に入り、暮らし向きは好転するはずだった。しかし31年に新たに遺言公正証書が作成され、全財産を交流があった地元不動産会社の男性に遺贈する内容に書き換えられていたことが判明する。
鈴川さんによると、恵比寿で一人暮らしだった伯母とは長年にわたり会うことができていなかった。「高齢の伯母の体調が気になり何度も会おうとしたが、その度に『お手伝いさん』に拒まれていたのです」と明かす。
31年の遺言公正証書に基づき、伯母が持っていた不動産の所有権は地元不動産会社の男性に移転。納得がいかない鈴川さんは知人を通して弁護士に相談し、調査を依頼したところ驚くべき事実が判明する。
「要介護5」で遺言
「新たな遺言公正証書が作成された31年当時、伯母は認知症で『要介護5』の認定を受けていたのです。まともな判断能力のもとで、伯母が遺言書を残したとは思えません」(鈴川さん)
要介護度判定は「どれ位、介護サービスを行う必要があるか」という介護の必要度を示した基準であり、要介護5は最も重い状態に区分される。
産経新聞が取材で入手した介護関係資料によると、地元不動産会社の男性に財産を譲るとした公正証書作成から4カ月後の令和元年6月時点で、伯母は短期記憶に「問題あり」、意思の伝達能力は「具体的要求に限られる」うえに、今の季節を理解することは「できない」と判断されていた。
これらを踏まえ、鈴川さん側は遺言公正証書が正当な形で作成されたものではない可能性が高いと判断。地元不動産会社の男性に遺贈された伯母の不動産の固定資産評価額を約4億円と算定した上で、男性側が第三者へ売却することなどを禁止する仮処分を東京地裁に申請。今年11月に認められた。不動産に詳しい関係者によると、近年の価格高騰などを受け、これらの不動産の時価は計約10億円に上るという。
鈴川さんの代理人弁護士によると、男性側の遺贈が無効であることを求めた民事訴訟を近く起こすとともに、詐欺罪で警視庁に刑事告発する意向を示している。
産経新聞は、地元不動産会社の男性やその代理人弁護士にも見解を求めたが、取材に応じなかった。
鈴川さんによると、地元不動産会社の男性とは長年にわたり、不動産管理などを通じて家族ぐるみの付き合いがあった。
鈴川さんは「いろいろとお世話になったことは今でも感謝しているが、その話とこの話は完全に別です」と強調した。
認知症でも「作成拒まず」
厚生労働省が発表した人口動態統計によると、昨年の死亡数は157万6016人で、前年比6966人増の過去最多を記録。いわゆる「団塊の世代」が90代を迎える令和19(2037)年~24(2042)年ごろには年間の死亡数が160万人を超えるとの試算もある。
多死社会、超高齢化社会の到来で、遺言の内容を公的に証明する遺言公正証書の作成件数も近年増加傾向にあり、昨年は過去最多の11万8981件だった。
遺言公正証書の作成に際しては公証人が遺言者本人の意思を確認する。
とはいえ、ある公証人は「遺言者本人が認知症でも、それを理由に作成を拒むことはない。形式が整っていれば基本的に認めるため、後になってトラブルが生じ記載内容が『本当に本人の意思で間違いなかったか』と追及されても、答えようがない」と話している。(岡嶋大城)
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