特定失踪者・大政由美さん母の悲しみ 地元・愛媛の中学全校生徒31人が迫真の演技で訴え
産経ニュース / 2024年12月14日 9時0分
12月10~16日の北朝鮮人権侵害問題啓発週間を前に、愛媛県伊予市の市立中山中学校で7日、拉致問題をテーマにした演劇が披露された。北朝鮮による拉致の可能性を排除できない特定失踪者、大政由美さん(57)=失踪当時(23)=の母で地元在住の大政悦子さん(83)の講演をきっかけに拉致問題について学んだ31人の全校生徒でストーリーやセリフを考案。愛する人を突然失った悲しみや世間の無関心、拉致問題を巡る課題を迫真の演技で訴えた。保護者や地域住民らとともに観賞した悦子さんは「家族の思いを理解してくれた素晴らしい劇。若い人が関心を持ってくれるのが何より心強い」と喜んだ。
人権教育の一環
劇のタイトルは「同じ空を見ていた」。北朝鮮による拉致問題をニュースで知った中学生が、同級生らとともに問題の深刻さを社会に訴えるストーリーだ。行方不明になった14歳の少女・エミの家族が街頭で啓発活動したり、中学生が拉致問題について同級生や家族と話し合ったりする場面などを経て、解決を求める国民の声が政府間の交渉を後押しして拉致被害者の帰国につながるまでを描いた。
同校で12月7日に開かれた「人権・同和教育参観日」で、全校生徒31人が劇を披露。「これはいつあなたの身に起きるかも分からない物語」とのナレーションから始まった約30分にわたる迫真の演技に、保護者や地域住民ら約120人からは大きな拍手が送られた。
山間の過疎地にある同校では令和4年度から、人権教育の一環で拉致問題について学んでいる。毎年、大政悦子さんが講演し、韓国旅行中の平成3年に北朝鮮に拉致されたとみられ、特定失踪者問題調査会が「拉致濃厚」と認定している娘の由美さんへの思いや当時の心情、拉致問題の啓発に取り組む苦労などを訴えてきた。
昨年は学習の集大成として、短劇のCM劇を作成。今年はより多くの人たちに拉致問題を知ってもらおうと劇を演じることに決め、全校生徒が参加する道徳の時間など毎週2時間を使って準備にあてた。
心情を忠実に再現
劇の特徴は、拉致被害関係者の心情を忠実に再現したセリフだ。
「あれから40年もたっているのに、まだエミと会うことができません。エミは今も遠くで苦しんでいます」
「あなたたちと同じ当たり前の日を過ごしてきた。それがある日突然奪われたのです。どうか私たちの声に耳を傾けてください」
劇中で拉致被害者家族が発する言葉は、大政さんの講演などで知った内容をできるだけ盛り込んだ。拉致問題に最初は無関心だった中学生が発する「それって昔の話だろ?」「知ったところで、できることなんかない」とのセリフも、生徒同士で話し合い、拉致問題を学習する前の率直な気持ちをあえて盛り込んだ。
生徒会長の2年、奥岡純佳さん(13)は「拉致問題を単なる知識としてではなく、劇を見た人が意識し、どうすれば行動につながっていくかを全員で考え取り組んだ」と話す。
「何よりも励みに」
こうして出来上がった台本を基に、11月から演技の練習を開始。県内で脚本家や演出家としても活動する俳優の近藤誠二さんの演技指導も受けて参観日の本番に臨んだ。
劇を観賞した大政さんは「家族の思いを理解してもらい、大変素晴らしい劇だった。感動した。私たちは拉致問題の風化を一番恐れている。若い人たちがこうして発信してくれるのは何よりも励みになる」と涙ながらに感謝の言葉を述べた。そして「何とか生き抜いていてほしいという由美への気持ちは今も変わらない。子供たちに勇気をもらった」と拉致問題解決への決意を新たにしていた。
3年の橡木結介さん(14)は「劇を通してより拉致問題の深刻さや家族の苦しみが分かった。自分たちに何ができるか、みんなの行動にどうつなげていくかを考え続けていきたい」と話した。
拉致問題は、2002年の日朝首脳会談で初めて北朝鮮がその事実を認め、同年5人の帰国が実現した。しかし、日本が認定する残りの拉致被害者12人の帰国はいまだ果たされず、拉致の可能性を排除できない特定失踪者も多数に上る。日本政府は「全ての拉致被害者の即時帰国」を目標に掲げているが、その実現には解決を望む国民の強い意志が欠かせない。
劇はこんなナレーションで締めくくられた。
「耳をすましてください。たくさんの助けを求める声が聞こえてきませんか。拉致問題の解決はあなたの行動にかかっているかもしれません」(前川康二)
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