「オールドルーキー」を企業戦力へ 経済界で広がる引退アスリートの積極採用と課題
産経ニュース / 2024年10月22日 13時17分
少子高齢化などを背景に人手不足が深刻化する中、引退したアスリートを企業人材として活用しようとする動きがある。プロ選手やプロを目指していた人の8割以上が30歳までに競技を引退するとのデータがあるが、引退後も競技に携わる人は限られ、現実的な選択として「企業への就職」を希望する人は多い。企業側の人材確保意欲は高いものの、現役時代にスポーツに専念してきたアスリートは一般常識の不足や知識の偏りがあると指摘されており、企業の戦力として活躍してもらうには十分な支援体制が必要となりそうだ。
「能力不足」の声
シンクタンクの三菱総合研究所(MRI)と大阪商工会議所は9月、一般企業への就職を希望する現役や引退したプロスポーツ選手らと企業とのマッチングを図るイベントを大阪市内で初めて開催。ユニホームやジャージーに身を包んだ野球選手ら11人が参加し、緊張した表情で企業担当者の説明に耳を傾けた。
イベントは、多くの選手が抱える引退後の「セカンドキャリア」の不安を解消するのと同時に、企業の人手不足解消につなげる狙いがあり、大和ハウス工業や、つるやゴルフ(大阪市)、大阪の中小企業など計9社が参加。企業側が事業内容や採用方針を説明した後、個別面談で選手が競技生活での経験や自身の強みをアピールした。
企業側からは選手に対し、「スポーツで鍛えた忍耐強さや勝負強さは営業職に向いている」といった投げかけがある一方、採用担当者らとの面談に臨んだ選手からは「企業に応募しても学歴がないことではじかれてしまうのではないか」などの不安の声が聞かれた。
人材確保に前向きな企業が集まったこともありイベントは盛況で、実際に選手の採用を検討するとした企業もあった。ただ、選手を企業人材として考えたときに厳しい見方もあり、主催者の一人は「アスリート人材にビジネススキルが足りていないことは確かだ。企業側が熱心に説明をしているのに、メモを取る人がほとんどいなかった」と指摘した。
人手不足を解消
MRIは昨年春、アスリート人材の企業での活用を後押しする「アスリートFLAP支援サービス」を始めた。サービスでは、現役や元アスリートと彼らの採用に関心がある企業や自治体をシステムに登録。「職業教育と競技力の養成とが分断されていることが課題」(MRI)とし、アスリートに就職活動に欠かせない自己分析やキャリア形成に関する学習プログラムを実施した上で、企業とのマッチングを行う。
FLAPとはMRIが提唱するキャリア自律の考え方で、「自分の特性や強み・適性のある仕事を知る」(Find)、「目指す方向に向けて必要なスキルを身につけ、知識を学ぶ」(Learn)、「行動する」(Act)、「新たなステージで活躍する」(Perform)との意味がある。スポーツで培った能力を労働市場などで生かすため、これら4つのサイクルが重要になるという。
サービスを開始した背景について、MRIは「労働市場では人手不足や人材需給ギャップ、企業内の人材多様性促進によるイノベーション(技術革新)創出不足などが課題」と指摘。ビジネス能力がありながら産業界での活躍の場が少ない、潜在的な人材層がアスリートだとしている。
情報通信のラグザス(大阪市)が、学校卒業後にアスリートのプロやプロを目指していた20~50代の男女を対象に今年8月に実施した調査では、競技を引退した年齢は20~30歳が85・1%を占めた。
さらに8割が引退後に就職活動を行ったとし、引退後のキャリアの不安として「そもそも仕事が見つかるのか」「競技生活のように熱量を注げることがあるのか」などの回答があった。スポーツの現場では、引退後のキャリアは監督やコーチなどから企業や仕事の紹介を受ける慣習があるという。
また調査ではアスリートが引退後にビジネスで生かせると感じたスキルとして、「目標達成意欲」(35・6%)が最も多く、「忍耐力」(32・1%)、「対人コミュニケーション」(30・4%)と続いた。
先行投資できるか
大商はこれまで、「スポーツを核とした産業振興」を掲げて関西で独自の取り組み「スポーツハブKANSAI」を展開。商品開発などでアスリートやスポーツチームと企業を結びつけて、ビジネスを創出する活動を行ってきた経緯があることから、連携協定を結ぶMRIとタッグを組んで事業を進めることにした。
大商の鳥井信吾会頭(サントリーホールディングス副会長)は「スポーツなど一芸に秀でている人は、特別な何かを持っている」と評価。アスリート人材の活用に企業や経済界が積極的に取り組むべきだとの考えを示し、「人材の流動化の観点からも、アスリートを企業が受け入れるのは当然だろう」と語った。
アスリート人材の活用について、東京商工リサーチ関西支社情報部の瀧川雄一郎氏は「アスリートは実務経験がほとんどない人が多いため、一からの教育に人手をさき、コストもかかる。受け入れる企業の規模感や先行投資に対する意欲が問われる」と指摘する。
日本総合研究所関西経済研究センターの藤山光雄所長は「地域に根差したプロスポーツチームは多い。そこに所属していた選手が地域の企業でセカンドキャリアを送ることができれば、地域の活性化にもつながる」と期待をかけた。(井上浩平)
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