「まわし姿でぶつかり稽古」再生数4万回超 九州電力社長が動画拡散で狙う人事・経営戦略
産経ニュース / 2025年1月18日 9時0分
今年は巳年。脱皮が成長や進化の象徴とされるが、普段の自分を脱ぎ捨てて〝変化〟し、交流サイト(SNS)などで話題を集めている経営者がいる。創業120年あまりの歴史を持つ老舗の後継者やお堅い電力会社のトップが、社員も驚く〝パフォーマンス〟を展開する背景には、どんな狙いがあるのか。九州を代表する経営者2人の思いを聞くと、いたってマジメな経営戦略が浮かんできた。
ユーチューバーさながら
まわし姿で140キロの巨体にぶつかる九州電力の池辺和弘社長(66)。昨年、自社の相撲部員とぶつかり稽古をする姿を動画投稿サイト「ユーチューブ」で披露すると、再生回数は4万回を超えた。
自社グループの広報活動の一環で、「KAZ(カズ)」という名前で動画に出演。相撲の他にもラグビーや地域の祭りなど、ユーチューバーさながらに「体験」を発信。地方の企業動画としては珍しく、毎回2万~3万回の再生回数を安定的に稼ぐ。
池辺社長は九電グループ2万8千人のトップで、業界をまとめる電気事業連合会の会長経験も持つ。社員にとっては遠い存在でもあるが、「やってほしい」という依頼は基本的に断らない。相撲の回では社員から「まわしの下に短パンをはいた方が…」と勧められたものの、「中途半端が一番だめだ」と、進んでまわしひとつでカメラの前に立った。池辺社長にその狙いを聞くと一言、「『心理的安全性』ですよ」。
上司や同僚らに対し、異なる意見を述べても拒絶されず、人間関係が破綻しない状態を意味する「心理的安全性」は、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が提唱。批判や報復などの恐れなく発言できる組織とすることで、社員の帰属意識ややる気を高め、企業の活性化を促すものだ。
池辺社長は「『この会社では思い切ったことをやっても大丈夫』だと知ってもらいたい。そのためには社長が吹っ切らないといけない」と話す。電力事業を行うには地域の理解が不可欠でもあり、会社の情報発信は最重要課題だ。社長が自然体の姿で臨み、メッセージを出すことで企業イメージの向上につなげるという側面もある。
外部向け配信は月2~3本で、撮影や編集を行う広報担当の社員はネタ集めやロケハンに奔走するが、多くの人に見てもらえる実感がモチベーションになっているという。担当者は「社長が普段見せない姿や、感想や驚きを本音で語ることが受け入れられていると感じる」と語る。
池辺社長は自社の休暇制度を紹介する動画では、孫と科学館に行くおじいちゃんの顔も見せた。トップのもろ肌を脱ぐ姿が視聴を増やす鍵を握っている。
ヒーローに変身
ブルーと白を基調にしたアクションスーツにバイザー姿で、注射器のような武器を持つヒーロー「薬剤戦師オーガマン」。「薬飲んで、寝ろ」という直球ど真ん中のキャッチコピーもSNSをにぎわした。考案したのは、調剤薬局などを経営する大賀薬局(福岡市)の大賀崇浩社長(42)だ。明治35(1902)年創業の老舗の5代目。大の特撮好きで、自身もオーガマンに変身し、ショーに出演する。
処方された薬の飲み残しを防ぐことが使命のオーガマンは令和元年に誕生した。会社を取り巻く環境が厳しくなる中、「会社の認知度向上に振り切った戦略が必要」と考えたためだ。だが、デビューまでの道のりは長く、「ヒーローをつくって私が変身する」と発案したところ、社内で疑問視され、メインバンクからは「予測できないことには融資できない」と冷たくあしらわれた。
それでもめげず、ヒーロー市場のデータを集めて勝算の根拠とし、「最悪の場合は自分でなんとかする」と宣言してスタート。ヒーロースーツのデザインや敵の設定など詳細を詰め、プロモーションビデオで爆破シーンを撮影すると、10万回以上再生された。商業施設や保育園などで地道に啓発活動して人気を高め、今ではX(旧ツイッター)で4万8千人のフォロワーがいる。オーガマンを前面に出すマーケティングで、広告会社の調査では投資額の40倍の効果が出たと試算された。
舞台に立つため声優の養成学校にも通ったという大賀社長。「アイデアを出しても、それだけで終わってしまえば何も進まない。見切り発車でも完成度5割でも、動けば足りない部分が見えてくる。一歩踏み出すことだ」と強調する。今後は市と連携し、健康増進に向けた活動も展開する予定といい、「息子が七夕の短冊に『オーガマンになりたい』と書いてくれた」と喜ぶ。(一居真由子)
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