経営難から20年「別府温泉 杉乃井ホテル」 稼働率9割に再建したオリックスの成長戦略

露天風呂の「棚湯」

九州有数規模の大型温泉リゾート「別府温泉　杉乃井ホテル」（大分県別府市）に23日、新たな宿泊棟が開業し、同ホテルが大規模改修を終えて新たに生まれ変わった。平成13年に経営難に陥り、民事再生法の適用から20年余り。一時は存亡の危機にあったが、今や稼働率9割のホテルに進化し、別府温泉を牽引（けんいん）する存在となった。その舞台裏には、再建にあたるスタッフの気概と従業員のやる気を引き出す戦略があった。

23日に開業した「星館」は13階建てで300室の客室を有する。最上階に設けたビュッフェレストランは別府湾を一望する圧巻の景観で、地元産の食事が楽しめる。客室は和をテーマにスタンダードからスイートまで5タイプを用意し、ターゲット層を広げた。

大規模改修は令和元年にスタートし、3年にはファミリーや友人との宿泊に適した「虹館」を、5年にはグレードが高く上質な空間を提供する「宙（そら）館」の2つの宿泊棟を新設。社員旅行など団体客向けの古いイメージを一新し、客室数は3棟で計791室となった。

一帯にあるホールや娯楽施設、展望露天風呂「棚湯」も近年のトレンドを踏まえてリニューアルし、5年にわたる工事が完了した。運営するオリックス・ホテルマネジメントの似内隆晃社長は21日の開業セレモニーで「大分・別府の魅力や観光資源に付加価値を付け、別府市のシンボルとして情報発信し、国内外のお客さまに訪れたいと思っていただけるよう取り組む」と語った。

手が付けられず

杉乃井ホテルは昭和19年に創業し、昨年80周年を迎えた。高度経済成長期に規模を拡大し、約500室の客室やジャングルをイメージした浴場を持つ大型ホテルとなったが、団体客の減少で稼働率が低下。その後も適切な投資ができなかったことから巨額の負債を抱えて経営難に陥った。

「修繕ができず建物が相当傷んでいても、手が付けられない状況だった。巨大な施設で、多くの従業員の生活もかかっていた」。当時経営企画室長として再建のスタートに携わった森直樹氏（58）＝現オリックス・ホテルマネジメント営業本部長＝は振り返る。

スポンサー探しが難航する中、オリックスグループに支援の検討要請が持ち込まれた。ホテル運営のノウハウはなかったが、「知名度を生かして個人客を集められれば再生の可能性は出てくる」として参入を決定した。

軸に据えたのは、この場所のポテンシャルを最大限に生かすことだった。ホテルは別府湾が一望できる高台にありながら眺望を生かせておらず、レストランのサービスレベルも高いとはいえなかった。そこで湯舟の中に段差を設けてどの位置からも景色が楽しめる露天風呂「棚湯」を新設した。

また、レストランでは当時、ビュッフェをワンランク下とみる向きがあり、地方旅館での採用は少なかったが、原価が高くても地元産の食材を多用して作りたての料理を提供。調理の様子が見えるキッチンにすることで支持を受け、客の反応をダイレクトに感じることからスタッフの意欲も高まった。親子が楽しめるコンテンツの充実にも取り組み、ファミリー層を呼びこんだ。

森氏は「この事業で大切なのは『人』。スタッフのやる気を引き出すため、負け癖から脱却し、成功事例を積み重ねてプラスの流れをつくることに力を注いだ」と話す。別府の観光業を牽引する気概で再建にあたり、当初は2～3割だった稼働率も平均して9割となった。オリックスグループはこの実績を「杉乃井モデル」としてホテル事業に本格参入し、全国で手掛けた温泉施設の再生は同ホテルを含め8施設に上る。

本気度を示す

森氏によると、再建当初は地元から見て〝よそ者〟であるオリックスグループに対し「コストカットしていずれは売却するだろう」と冷ややかな視線が注がれた。そこで従業員には「リストラはしない」と宣言し、取引先との契約を継続することで不安払拭に努めた。「口だけじゃなく本気でやっている」と分かってもらうのに5年がかかったという。

別府市の阿部万寿夫副市長は、杉乃井ホテルのセレモニーで地域振興に努めてきた関係者に謝意を示し、「別府の観光が戻ってきたのは観光関係のみなさんの不断の努力のたまものだ。持続可能な温泉地として別府をさらに発展させたい」と力を込めた。

新型コロナウイルス後の訪日旅行客の回復もあり、観光地が以前の活気を取り戻している。宿泊需要が回復するなか、国内の地方都市では外資系ホテルチェーンの進出も相次ぎ、競争も激化している。経営再建を経験したホテルの取り組みは、生き残りをかけた戦いを勝ち抜く上でのヒントが詰まっている。（一居真由子、写真も）