「障害は個性」、健常者と共に働ける職場へ 精神疾患がある若者を人材活用する企業の狙い
産経ニュース / 2024年7月16日 10時0分
鬱病や統合失調症、発達障害などの精神疾患を抱える若者を、企業が採用する事例が増えている。一定割合での障害者雇用が義務付けられていることに加え、人手不足の深刻化や、精神疾患について社会的認知度が高まっていることも背景にある。「働きやすさ」の実現には、仕事内容や勤務条件、周囲の理解などの課題がある。企業には、本人が能力を発揮できる環境を整える取り組みが求められている。
就活生の54%「鬱を自覚」
「鬱病などは身近な病気。精神科を受診することは〝普通のこと〟として受け止められている」
学生の就職活動の支援サービスを手掛けるABABA(アババ、大阪)で広報を担当する尾上七海(おのうえななみ)さん(24)は、最近の若者についてそう語る。
かつて「精神病院」には暗いイメージがつきまとったが、近年は軽症でも気軽に通える、清潔で明るい「メンタルクリニック」や「心療内科」などの医療機関が増えた。「若い人たちは自分の精神疾患を知られることに抵抗が小さくなっている」と話す尾上さんによると、人気バンド「サカナクション」のボーカル、山口一郎さんが鬱病を公表しながら活動を続けていることも、若者に影響を与えているという。
一方、学生の就職活動は長期化し、「交流サイト(SNS)で周りが内定をもらっているのに自分はもらえていないと知り、焦りを募らせる学生が多い」。ABABAが昨年10月、就職活動を経た学生100人に行った調査によると、54%が「鬱の自覚症状がある」、30%が「就活中に死にたいと思ったことがある」と回答した。
医師の診断がなくても、自覚症状を抱えて悩む人がいる。若者が強いストレスにさらされ、精神疾患を発症しやすい状況にあることが分かる。
人手不足で要件を緩和
その結果、いったん就職しても早い時期に退職する若者も多いとみられ、中途採用を含む労働市場に精神疾患を抱える若者が増加、企業は雇用に向けて対応を迫られている。
人材関連事業などを手掛けるレバレジーズ(東京)が昨年11月、企業の中途採用担当者330人を対象に調査したところ、半数が「精神疾患を抱える若者から応募があった経験がある」と回答。そのうち「新型コロナウイルス禍を経て、精神疾患を抱える若者からの応募割合が増加したと感じる」と回答した会社は75・7%に上った。
さらに同調査では、半数以上が精神疾患を抱える若者の採用要件を緩和していることも判明した。理由として、46・6%が「早急な人員確保を行う必要があったから」と回答し、若年層の人手不足が背景にあることが浮き彫りになった。
障害者雇用促進法により、企業には従業員に占める障害者の割合を「法定雇用率」以上にする義務がある。障害者手帳を持っている患者が対象で、平成30年4月から、身体障害者、知的障害者に精神障害者が追加された。この制度変更も、精神疾患のある若者の採用を促す。
特性理解、貴重な戦力に
課題は大きい。レバレジーズの担当者は「精神疾患を抱えていても、外見ではわかりにくく、どこまでどんな仕事ができるのか見極めが難しい。体調も不安定な事例が多い。雇用側の理解が及ばず、職場への定着率は身体障害者より低い」と話す。
それでも、企業が精神障害者を健常者と同様に雇用する利点はある。発達障害の人はコミュニケーションが苦手な場合でも、集中力に優れていることがある。そうした視点から人材活用を模索する企業がある。
日揮ホールディングス特例子会社で、IT技術を軸に業務支援サービスを行う日揮パラレルテクノロジーズ(横浜市)は「障害の有無にかかわらず、全ての人が対等に働ける社会の実現」をミッション(使命)として掲げ、令和3年1月に設立された。20~40代の社員37人のうち34人が障害者で、大半が精神障害者だ(今年6月下旬現在)。
採用に際しては、インターンでIT技術の基礎があるかを判断したうえで、最終面接で「障害についての自己理解、障害の特性が出たときに自己対処できるか」をみる。
採用されると、在宅勤務を基本に、自由な時間に働ける。職場は「1人1プロジェクト」でチームでの仕事はせず、人間関係の摩擦が生じにくい環境をつくっている。心理的負担をかけないように「重要だが、緊急ではない仕事」を任せてせかさない。自身も生まれつき両腕に障害がある阿渡(あわたり)健太社長(37)は「環境を整備することで、障害者が活躍できるという手応えを感じている」と話す。
一方、「障害は個性」を掲げ、健常者と同じ職場で障害者の特性を生かそうとしているのが、人材派遣事業などを行うマーキュリー(東京)。約110人(平均年齢44歳)の障害者を雇用し、大半が精神障害者。今年3月に「パーソナリティ推進部」を設置し、それぞれの病気や症状をみながら仕事を支えている。
6月1日には「マーキュリー農活部」を設立。千葉県木更津市にある農園を借りて、健常者と障害者がともに野菜や米の無農薬農法に取り組むことで、一体感の醸成や健康促進などを目指している。同社の福元直樹・管理本部副本部長は「障害者は貴重な戦力。もっと能力を生かせるようにしていくことが人材サービス会社の使命」と語る。
東京都立大の山下真裕子教授(精神看護学)は「精神疾患は比較的早期に適切な治療をすることにより、就労できるほど回復することが多くなった。本人が疾患・障害を自覚し、企業が特性を理解することが重要。そのうえで、何でもできる〝ゼネラリスト〟ではなく、得意分野で活躍する〝スぺシャリスト〟を育てることで、企業の生産性も上がる」と指摘する。(牛島要平)
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