国内最古級の電気機関車「上州のシーラカンス」愛する会解散、デキ愛29年「やり切った」
産経ニュース / 2024年7月28日 12時0分
購入から1世紀、「上州のシーラカンス」と呼ばれた国内最古級の電気機関車(デキ)をこよなく愛する団体が20日、最後のイベントを群馬県内で開催、29年に及ぶ活動に幕を下ろした。通常の機関車より小ぶりなのに力持ち、凸型のユーモラスな形状にほれ込んだ人々は、同じく鉄道を愛する漫画界の巨匠を巻き込み、世界遺産誕生にもちょっぴり貢献し、「やり切った」「やりすぎたか」と言うほどの充実感で「解散」を宣言した。
輸入から1世紀
デキは大正13(1924)年、ドイツのシーメンス社から上信電鉄が3台購入し、石炭や木材などの貨物車両を牽引(けんいん)してきた。70年後の平成6年に貨物輸送が廃止となり翌年、3台のうち「デキ2」が廃車となって富岡市に寄贈されたのを機に同年7月、「デキを愛する会」が発足する。
幼少の頃から沿線で暮らす大日向(おおひなた)康博さん(75)は、遠くでデキの汽笛が聞こえると、近くの踏切まで駆けていき、雄姿を眺めた。「小さいのに力持ちで、あの形状。勇気づけられましたね」。デキを埋もれさせてはならないと会を設立し初代会長となる。まさに、デキ愛である。
同市もみじ平総合公園に展示されたデキ2の車体を清掃したり、SL作りの達人、中村泰三氏=故人=に頼み込んで8分の1スケールのミニデキを作ってもらい、県内外のイベントで走らせたりした。中村さんの作品はSLもデキも精巧なうえ、すべて動く。達人たる由縁だが、これが話題となり、イベントがイベントを呼ぶように活況を呈していく。
さらに大日方さんは無謀にも、アニメ映画「銀河鉄道999」を制作中の巨匠・松本零士さんに「作品中にデキを描いてほしい」と頼み込んだのである。
巨匠に作画頼み込む
平成8年、代表作の第3部を制作中の松本さんからの返事は「もう映像はできたから、無理だよ」。ただ郷土を走ったデキをもっと世間に知ってほしいという訴えは、巨匠の胸にも響いた。その後、東京・練馬の松本邸に招かれた大日方さんは「鉄道をテーマにした地元の展示会にデキの絵を」「デキのヘッドマークのイラストも」と、次々とお願いを繰り出した。
周囲の松本零士ファンは眉をひそめたが、松本作品をよく知らない大日方さんは遠慮がなかった。一方で頼まれると断れない性格の巨匠は時間はかかったものの、依頼の品々を描いていく。話題は沸騰し、ついにデキを飛び越え、上信電鉄の車両に松本作品の主人公を描くラッピング電車まで走らせた。世界遺産登録を目指す富岡製糸場と銀河鉄道999がコラボするイラストも話題を呼んだ。
世界遺産登録にも貢献
大日方さんの本業は先代から継いだ理髪店。もともと「愛する会」も10年でやめるつもりで実際、10年後にそう宣言したが、市や上信電鉄、さらに県からも強く引き留められ、会長は譲ったが、継続してきた。
だが、それから20年近く過ぎ、メンバーの高齢化も目立ってきた。「上州の恩人」と言えた松本零士さんが昨年、亡くなったことも解散への契機になった。
最後のイベントは上信電鉄の企画展「走り続けて130年」に合わせて実施し、10人の会員全員が集まった。これはという後継者が現れなかったのは「いろいろ派手にやり過ぎ、尻込みされたかも」と振り返る。
思い出すのは平成19年、デキをめぐる活動を聞きつけたドイツ大使館の一等書記官が富岡の理髪店を訪ねてきたこと。「ミニデキを大使館に展示したい」という。シーメンス社にはデキは残っていなかった。
実は大日方さん、その11年前の8年2月、同社に手紙を送り、「世界にデキの兄弟はいるのか」と同じ電気機関車の存在を尋ねていた。1年後、届いた返事は「第二次大戦で資料が焼失し、わからない」だった。
ミニデキを納めにドイツ大使館に出向くと同社の幹部も来ていて、「あの手紙は貴方だったのか」と破顔の初対面となった。そして「わが社の製品を愛してくれて、本当にありがとう」と書記官とともに深く感謝されたのだった。
「デキも結構、有名になったと思いますよ」
今度は、市も、上信電鉄も、県も引き留めず、「ご苦労さまでした」と長年の活動を慰労した。(風間正人)
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