世界の農業に〝革命〟もたらすか 沖縄「OIST」発企業が開発した画期的な吸水素材
産経ニュース / 2024年6月16日 8時0分
世界トップクラスの研究機関として知られる沖縄科学技術大学院大学=通称OIST(オイスト)、沖縄県恩納村=発のスタートアップ(新興企業)が画期的な吸水素材を開発し、国内外で評価されている。自然由来の果物の皮などからつくられるため環境負荷がなく、土壌に混ぜることで少ない水でも農作物を育てられるようになるという。ロシアによる侵攻で灌漑(かんがい)設備を失ったウクライナにも寄付された。旱魃(かんばつ)に苦しむ地域で活用できれば、世界の農業に〝革命〟をもたらす可能性もある。
開発者はインドから来日
野生動物の宝庫として知られる沖縄本島北部の「やんばるの森」。OISTのキャンパスは南国の青い海を望む高台にある。約200ヘクタールの広大な敷地。研究棟や宿舎が点在するのキャンパスの一角に、画期的な吸水素材を開発した「EFポリマー」のラボ(研究室)兼オフィスがあった。
「農家の父が水不足で悩んでいたことが、ポリマーを開発するきっかけだった」。そう語るのは、スタートアップの創業者で最高経営責任者(CEO)のナラヤン・ラル・ガルジャールさん(26)だ。
ナラヤンさんが生まれたのは、パキスタンと国境を接するインド北部のラージャスターン州。人口300人ほどの自給自足の村だった。降雨量が少なく、農家は深刻な水不足に直面していた。
幼少期から化学に興味があったというナラヤンさん。父親から「そんなに化学に興味があるなら助けてくれ」と言われ、一念発起したという。
水不足対策として、小さな穴の開いたチューブで根にぽたぽたと水を注ぐ「点滴灌漑」なども試行錯誤したが、高校生のころ、ある素材に解決の糸口を見いだす。
それは、水分を吸うとゼリー状に膨らむポリマー。おむつや保冷材などに使われる吸水性の高い素材で、それを畑の土中に埋めれば、少ない雨でも水分を保持できるのではないかと考えたのだ。
ただ、一般的なポリマーは石油が原料で、土壌汚染など環境負荷を考えれば、農業には適さない。そこで、植物由来の原料でポリマーを製造できないかと思い立ち、オレンジやパイナップル、サトウキビなどの皮を土の中に埋め、どのような変化が起きるか実験を重ねていった。
農業大学に進学後も、自然由来のポリマーの研究に没頭し、アルバイトや父親や知人から借りた資金でポリマーの製造会社を起業。高吸水性ポリマーの開発に成功した。
エコ・フレンドリー(環境に優しい)の頭文字から「EFポリマー」と名付けられた。
大きな転機は2019年、起業家らを支援するOISTの「スタートアップ・アクセラレーター・プログラム」への応募だった。ナラヤンさんの研究は見事、採択され、インドから来日することになった。
ナラヤンさんは「来日して間もなくから仕事の面だけでなく、生活面でもサポートしてくれたOISTの人たちは家族のような存在。事業が軌道に乗るための土台作りに大いに貢献してくれた」と振り返る。
これに対し、支援プログラムを担当するOIST事業開発セクションのシニアマネジャー、長嶺安奈さん(45)は「これまで縁のなかった遠い沖縄の地で活動を始め、着実に事業を成長させる姿から、私たちも多くのことを学んだ」と話す。
世界9位の研究機関
OISTは平成24年、政府の沖縄振興策の一環で開学した。歴史が浅いため、よく知らないという人も少なくないだろうが、実は、英科学誌ネイチャーの発行元が2019年に発表した「質の高い論文ランキング」で世界9位と評価され、東京大(40位)や京都大(60位)を抑え、国内でトップだった。
一般的な大学とは異なり、5年一貫制の博士課程しかなく、学内の公用語は英語。学生や教員らは世界60以上の国・地域から集まり、学生の約8割、教員の約6割を外国人が占めている。
所管も文部科学省ではなく内閣府だ。約200億円の運営費は沖縄振興予算で賄われている。
研究者にとって、この潤沢な運営費は大きな魅力で、国際色豊かな研究者が集まる。客員教授を務めるスウェーデン出身のスバンテ・ペーボ博士も、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞した際、「OISTの資源も活用して長期的に研究ができたおかげだ」と語っていたほどだ。
OISTの研究分野はゲノム(遺伝情報)解析や量子物理学、海洋生物学など多岐にわたるが、基礎研究は産業化に直結しづらい側面もある。それだけに、OIST発のスタートアップに対する期待は大きい。
50倍の吸水性
ナラヤンさんは4年前、OISTのキャンパス内に会社を設立。開発したポリマーと同じ名称を冠した。
特許技術を取得したポリマーは、自重の約50倍の水を吸える能力を持ち、土中で半年間にわたり、適度な水分量を保持できる。その後は半年で完全に分解され、土にかえる。ポリマーの活用で40%の水を削減できる上、20%の肥料を削減でき、一定の収量アップが望めるという。
最高マーケティング責任者(CMO)を務める中尾享二さん(36)は「作物の根の周りに給水タンクができるイメージ。流れ出る水溶性の肥料もポリマーでとどめておくことができる」と説明する。
ポリマーの生産拠点はインド・ラージャスターン州にあり、今年5月には工場を拡張。コンピューター制御の最新設備を導入し、月産20トンから100トンに生産規模も5倍になった。ポリマーはインドや日本のほか、米国やフランスなどで販売されており、さらなる販路拡大を目指している。
ウクライナ支援で5トンを寄付
ロシアの侵略が続くウクライナで昨年6月、南部へルソン州の川沿いにあるカホフカ水力発電所のダムが決壊した。ロシア軍は電力などのインフラ施設を集中攻撃しているが、ダムの決壊によって農業生産にも甚大な影響が出た。
報道で惨状を知ったEFポリマーの役員がウクライナ支援を在日ウクライナ大使館に申し出て、ポリマー5トンが寄付されることになった。今年1月にインドの工場からポーランド経由で配送。輸送費の百数十万円は沖縄県内56社の協力を得たという。
OISTの長嶺さんはナラヤンさんが創業したスタートアップについて、「今では資金調達にも成功し、海外にも市場を拡大している。彼らは素晴らしいロールモデル(手本)となっている」と強調する。
世界の貧しい地域にとって、ポリマーなら大規模な灌漑設備の整備がいらず、手の届きやすい有効な水不足対策となり得る。現在はインドの食物残渣(ざんさ)を利用してポリマーを製造しているが、沖縄の柑橘類であるシークヮーサーなどの活用も視野に研究を進めている。
ナラヤンさんは今年5月、米経済誌フォーブスが世界を変える30歳未満の起業家らを選出する「Forbes Under 30 Asia」で30人の一人にも数えられた。
ナラヤンさんは「世界中の農家が水不足に悩むことのない社会が目標だ」と語り、こう続けた。
「自然の力を最大限に生かし、持続可能なアプローチで次の世代にとっても明るい未来をつくっていきたい」(大竹直樹)
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