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素顔の「灘校生」は暗記を嫌がる追求型 国語教師、井上志音さん 超進学校の知られざるカリキュラム 一聞百見

産経ニュース / 2024年8月9日 14時0分

NHK高校講座「現代の国語」の監修、講師を務めている(本人提供)

やさしい語り口で、国語の魅力を伝えてくれるNHK高校講座「現代の国語」の講師、井上志音さん(45)は灘中学・高校(神戸市東灘区)の国語教師だ。令和6年度に東京大学94人、京都大学53人の合格者を輩出した屈指の進学校で、なかには「天才児の集まり」というイメージを持つ人もいる。素顔の灘校生は、どんな中高生なのだろうか。その生徒たちにどんなことを教えているのだろうか。夕暮れの校舎に、井上さんを訪ねた。

灘校生の共通点は知的好奇心が強いこと

「うーん、天才ね。確かにそういう子もいますけど、私の目から見ると灘校生のほとんどは努力型かな。コツコツ言われたことを頑張ってきた子っていう感じですかね」

ガリ勉タイプということだろうか。

「そうではないですね。いろんなタイプがいますが、共通点は知的好奇心が強いということ。『突き詰めたい』という欲求が強いということですね。好き嫌いは激しいのですが、一見面白くなさそうなことでも『もうちょっとやってみよう』と思える粘り強さがあります。すぐに『つまんない、やめとこう』とはなりませんね」

生徒同士には、互いを邪魔しない関係、干渉しすぎない関係があるという。「鉄道が好き」「クラシックが好き」など、自分の好きなことを語る生徒に「つまらん」といった否定的なことを投げかける生徒はあまりいない。認め合う雰囲気があるのだという。

「学力が高い生徒は尊敬されますが、低いからといってばかにされることもありません。得意なことや好きなものがあれば、リスペクトの対象なんです」

意外だが、暗記力が高い、というわけでもないという。「彼らも暗記を嫌がるし、苦手です。目的もなく覚えることは好まないですね。きっと関心や必要性があって初めて覚えるということなのだと思います」

灘校の学校運営で特徴的なのは「担任団」というシステムだ。英国数の教師を含む担任チームが中1から高3まで持ち上がり、生徒たちを6年間(高校入学組は3年間)にわたってフォローする。学習内容や進度も、教師の裁量が大きく、担任団ごとで方針が異なるため「灘には6つの学校がある」といわれることもある。

いまは、中学3年生を担当。国語は、中2までで中学3年分の中身を終わらせ、いまは高校1年の教科書で学んでいる。古文、漢文の文法などは中学で受験の範囲を一通り終えており、高校では様々な文章を多読していく。

担任団の仕組みのメリットのひとつは、教科ごとの連携が取りやすいこと。例えば、英語の授業でアメリカの小説家、レイモンド・カーヴァーの作品「大聖堂」を取り上げているときに、国語ではそれを村上春樹が翻訳した作品を取り上げる。また、歴史で近代の章にはいったとき、国語で近代文学を読むといったこともある。

「生徒からすると、違う教科で同じ話が出てくる感じですね。『あれっ、さっきの授業でも違う先生が似たようなこと言ってたな』といった具合に授業ごとの知識が頭の中で自然と紐づくような環境を作ろうとしています」

中高6年間を通じ、灘校生たちには「学び方」を学んでほしいという。

「当然、学ばなきゃいけない教科の中身というものはあります。でも、誰かにさせられるのではなく、自分がしたいと思えることをすることが大事です。生徒たちには、情報収集力、自己計画力をはじめとした、あらゆる教科に通じる『学び方』を身につけてほしいと考えています」

NHK高校講座の監修・講師も

学習の礎は国語力だという意見がある。どんな教科も文章を読み解く力が必要とされるからだ。井上さんは国語を学ぶにはまず心のエンジンが必要だと語る。「学びたい」「知りたい」という意欲、主体性をどう育むかが大切なのだという。

令和4年からNHK高校講座「現代の国語」(Eテレ)、「論理国語」(第2ラジオ)の監修・講師を担当している。きっかけは、国語教科書の編集委員を務めたことだ。新課程で教科書の内容が変わったことを受け、番組作りに協力することになったそうだ。

収録が行われたのは新型コロナウイルスが蔓延するさなか。出演者の間には仕切りがあり、一定の距離を取らなくてはいけない。休憩時間も雑談もできない。制約だらけの収録現場で、コミュニケーションや言語を扱う授業をしなくてはならない苦労があったという。

「お笑いトリオ、パンサーの向井慧(さとし)さんが司会をされていますが、向井さんともほかの出演者の方とも収録当日に打ち合わせをして、その場でぱっと即興でやるっていう感じで収録をしていました」

コロナ下で、学校教育も大きな影響を受けたが、講座のなかでオンラインコミュニケーションを取り上げるなど、特徴的な取り組みも盛り込んだ。

「視聴者の高校生が、自分を投影させて参加できる番組作りをしたいと思っていました。傍観者ではなく、学びの主人公はあなた、と伝えたいんです」

学習指導要領では、国語力は「話すこと・聞くこと」「読むこと」「書くこと」の3領域に分けて指導が行われている。ただ、受験国語で試験に出るのは「読むこと」「書くこと」ばかりだ。

「特に中学受験では、書かれてあることを正しく理解する力が大事。でも、書かれてあることを正しく読んだり、それを説明できたりすればよいというものではありません」

灘校生たちは、書かれていることを読み解く力は優れているという。その半面、書かれてないことや行間を読み解く力は弱い、と井上さんはいう。灘中の入学試験では国語で「詩」を扱った問題が出題されるが、これは、受験生たちに書かれていないことにも思いをはせることができるかを問う意図が含まれているのでは、と指摘する。

受験で必要とされる「読むこと」「書くこと」に加え、実社会では「話すこと・聞くこと」も大切だ。

井上さんは「受験では『書いてあることを読み取れ』という問題が出るのに、就職試験では『あなたは何をしてきたのか』と問いが切り替わります。『あなたはどう考えるのか』という問いに、自分の考えを体験と紐付けながら言葉にしていく作業が大事なんです」と訴える。

受け持っている中学3年生たちは、信州での野外活動での体験をもとにしたエッセー集を作る予定だという。「自分の経験を他人にも分かる言葉で説明できることが、社会に出てから役に立つと考えているからです」

灘中ではかつて、中学3年間をかけて1冊の小説「銀の匙」を読み込むという橋本武さん(元教頭)の授業が有名になった。小説に飴が出てきたらみんなで飴をなめ、凧あげが出てきたら凧をあげるといった授業内容で、学習者の経験を徹底して大事にする学びだった。

橋本さんの授業と井上さんの学習手法は異なるが、経験を大事にするという点で、その精神を受け継いでいるようだ。

知的に安心安全な場があることが重要

井上さんは灘校の勤務外の日を使って、公立小学校の放課後学習に関わってきた。また、大阪大や神戸大、立命館大の大学院でも教員養成の講義をしているという。

小学校から大学院までの学びに立ち会っていることになるが、井上さんは「学びは地続きになっているんだな、と実感しています」と話す。「大学生が学ぶにはどんな力が必要なのかということを考えると、中高で何を教えるのかも変わってきますね」

いろいろな世代の児童、生徒、学生と関わるなかで、多くの保護者が「校種」の境目で子供への態度を大きく変えることが気になっているという。

例えば、小学生ではスマホは1日1時間と制限していたのに、中学に入ったとたん無制限に。中学までは外出も厳しく制限していたのに高校生では一気に放任、といった具合だ。

「段階に応じて子供とのかかわりを変えるのは大事ですが、『中学生だから』『高校生だから』といった校種の違いにこだわりすぎているのではないかと思います。自制のきくタイプなら早くから判断させた方が良いし、未熟なら一定の制限も必要。一人一人の状況に対応するのが大事ではないでしょうか」

先生自身は、どんな成長をたどってきたのだろうか。出身は奈良市。大阪の中高一貫の男子校に通っていたという。

意外にも「学校にはなじめなかった」と振り返る。「毎週同じ時間割で、決まった科目の授業がひたすら展開されるという授業スタイルが退屈だったんです」

悶々としながら「なぜ先生の決めたペースで勉強するのか、勉強とは何か」と考えているうちに成績が急降下。「学校大好き」という級友もいて、話を聞いてみたこともあったというが共感できず、一時は学校から足が遠のいたこともあったという。

それでも大学進学にあたって、教師を目指す。「学校に対する不信感を持ったまま終わりたくない。教育に意味があるのなら、それを肌で感じながら確認してみたい」と考えたそうだ。

教師になって約20年。その魅力は「生徒一人ひとりが自分のペースで成長していく場面に立ち会えること」という。灘校の生徒たちも中高6年間で大きく成長する。毎年制作する学年文集もそれを実感できるもののひとつ。「読んでいくと、内容も表現も豊かになっていくさまがうかがえます。できなかったことができるようになる瞬間に立ち会えることは何よりの喜びです」

家庭では、中1、小4、1歳の3人の男児の父。特段の国語教育はしていないというが、子供たちには成長段階に応じた「問いかけ」をするように心がけているという。

「教室の生徒たちも同じですが、子供たちは口に出さなくても、さまざまな疑問を持ち、いろんなことを考えています。それを拾って語り合わないと、学びの芽をつんでしまうことになるんです」

知的に安心安全な場があるということが重要だという。「教室も家庭も、何を言っても否定されない雰囲気づくりって大切だと思います」

井上志音(いのうえ・しおん) 昭和54年、奈良市生まれ。灘中高国語科教諭。洛南中高、関西学院千里国際中高の教諭を経て、平成25年から灘校に着任。大阪大、神戸大、立命館大院でも非常勤講師として教鞭(きょうべん)をとる。NHK高校講座の監修・講師、東京書籍の高校国語科教科書の編集委員も務めている。中1、小4、1歳の3児の父。著書に「親に知ってもらいたい国語の新常識」(時事通信社)など。

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