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湯川秀樹博士が愛した旧邸宅を次世代へ 改修設計担った安藤忠雄さんが示す「建築の真価」

産経ニュース / 2024年6月19日 10時0分

新たに設けられた吹き抜けスペース(京都大学提供)

京都市左京区にある日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹氏(1907~81年)の旧宅の改築・改修が終わった。改修の設計は世界的な建築家、安藤忠雄さん(82)が率いる設計事務所「安藤忠雄建築研究所」が寄付行為として行った。そこには湯川氏が戦後間もない頃の日本人に与えた希望に加え、邸宅に詰まった日本の心を、未来につなごうという安藤さんの思いが込められている。

「絶対に残さねばならない」

京都大の湊長博総長から安藤さんのもとに、保存の相談を持ち掛けられたのは令和2年春のことだった。築100年近い木造2階建ての家屋を初めて見た安藤さんは、「これだけ古いものが本当に直るのだろうか」と思ったが、「絶対に残さねばならない」という湊総長の使命感に共感して引き受けたという。

「湯川先生のノーベル賞受賞によって、敗戦で心から打ちのめされた日本人は、まだもう一度立ち上がれるのではないか、生まれ変われるのではないか、と思った。だからその空間(湯川邸)を作ることで、また明日への思いをつなぎたかった」(安藤さん)

同年秋、安藤さんは旧知の建設大手「長谷工コーポレーション」(東京都)、辻範明会長に相談。同社が湯川氏の親族から購入して京大に寄付することで話がまとまり、プロジェクトは動き出す。

「できるだけあるものを生かし、外観をそのままにしたかった。中でも湯川先生がめでておられたのは庭。先生が思い描いた風景を次の世代につなぐため、樹木も全て残した」

安藤さんがそう意図を語る庭は、約750平方メートルの敷地の過半を占める。春はサクラ、初夏はツツジと四季おりおりの花が楽しめる木々が植えられている。それを生かすため、例えば建物1階居間部分の増築に伴い伸長された縁側には、丸い穴が開けられた。

そこに湯川氏も見たシダレザクラの幹が通り、上へと伸びている。安藤さんは「日本には龍安寺の石庭をはじめ、庭の傑作があちこちにある。庭は精神をつないでゆくものでもある。湯川先生の心の風景を次代につなげるために、長い縁側を作った」と語る。

もう一つ改築の大きなポイントが、玄関を入って右のダイニングがあったスペースに吹き抜けを作ったことだ。「円形の立体的なホールを作ることで、時代は止まってはいない、発展するんだということを示そうと思った」と安藤さん。天井と壁の部分をスギ、床は頑丈なナラで組み上げ、「和」でありつつモダンに仕上げた。上部には読書スペースも設け、これぞ安藤建築というロビー空間となった。

建物全体に往時の空気をまとってよみがえった湯川邸だが、建物のかなりの部分はいったん解体、基礎部分は現代の技術が取り入れられた。「表」から見えない床下はコンクリートで補強され、細い柱には金属製の補強材が目立たぬように取りつけられている。安藤さんは施工を担った安井杢(やすいもく)工務店(京都府向日市)の仕事を高く評価している。

「海外ではできないきめ細かい丁寧な仕事。湯川先生の心の風景をあと100年残すためには、そうした空間を作るための技術者がいるうちに、やらねばならなかったように思う」

「下鴨休影荘」と命名された湯川邸は今後、京大を訪れた賓客や研究者らを迎える迎賓施設としての役割を持つ。居間から縁に出たとき見える庭は、日本の心と自然の大切さをゲストに示すためのものでもある。「そこに行った人たちの心の中に、どれだけ残るかが建築の真価」と語る安藤さんの思いが詰まった邸宅は、一般公開も予定されている。(正木利和)

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