老舗酒蔵の国産ウイスキー市場参入続々 海外ブーム背景に良質な水と発酵技術で勝負
産経ニュース / 2024年6月25日 8時0分
創業100年超の老舗酒造がウイスキー造りに乗り出した。愛媛県八幡浜市の「梅美人酒造」。昨年3月に製造免許を取得、県内唯一のウイスキー蒸留所として今年4月に初出荷したモルトウイスキー「多喜」は瞬く間に完売。国内外のバイヤーからも問い合わせが相次ぐなど好評を得ている。ウイスキー製造への参入は日本酒や焼酎メーカーを中心に増加傾向にあり、専門家は「日本のウイスキーは国内外で需要が高まっている。新しい蒸留所ならではのこだわりの商品を世界に発信してほしい」と話す。
コロナ禍の逆風から
梅美人酒造は大正5年創業。日本酒「梅美人」のほか、梅酒や焼酎、地元産のかんきつを使ったリキュールなどを製造・販売する。
ウイスキー製造のきっかけは5年前からのコロナ禍だ。主力の日本酒が飲食店の時短営業などのあおりを受け販売が激減。打開策を模索するなか、目を付けたのが近年国内外で人気が高まっているウイスキーだった。
5代目社長の上田英樹さん(62)が独学で製造技術を身に付け、令和5年3月にウイスキー製造免許を取得。初のウイスキー造りが始まった。国税庁などによると、愛媛県内でウイスキー製造免許を持つ事業者は同社のみという。
ウイスキー製造には酒造ならではの利点もあった。品質を大きく左右するといわれる水は、日本酒造りにも使ってきた本社内の井戸からくみ上げた地下水を使用。大麦から抽出した麦汁を発酵・蒸留した原酒を詰めた樽(たる)は、国の登録有形文化財の蔵で保管することで、温度と湿度を一定に保つことができるという。
こうして約1年の熟成を経てモルトウイスキー「多喜」が完成した。今年4月に松山市の百貨店で先行発売すると瞬く間に完売。国内の酒販店や外国のバイヤーからも問い合わせが来るなど好評だったという。
同社は当面、年間出荷数を千本程度とし、蒸留した残りのウイスキーは樽で長期熟成させる方針。令和10年以降にラインアップを増やすなどして本格出荷を目指すという。上田社長は「1年で売り切る前提の日本酒と違い、ウイスキーは熟成した時間が価値を生む。熟成を重ねてより良いお酒を造り、多くのウイスキーファンに飲んでもらいたい」と話す。
高まるウイスキー人気
国産ウイスキーは近年人気が高まっている。国税庁の統計によると、ウイスキーの課税出荷数量は平成20年ごろから増加傾向が続き、令和4年度には15万4千キロリットルと10年前の約2倍に。財務省貿易統計によると輸出額でも平成30年から令和4年までの5年間で約4倍に達し、2年度には清酒を抜いて全酒類で1位になった。
日本洋酒酒造組合などによると、ソーダで割ったハイボールを提供する飲食店が増えたことや、ニッカウヰスキー創業者をモデルとしたNHK朝の連続ドラマの放送などで国内消費は増加。世界的なコンペティションで国産ウイスキーが相次ぎ入賞するなど海外での評価が高まったことも要因という。
一方で、有名銘柄の長期熟成品は品薄状態が続き、一部では定価の数十倍の値段で転売される事態も起きている。
日本のモノづくりの精神を
こうした背景から、ウイスキー製造に参入する事業者は近年増加傾向にある。国税庁の集計によると、製造者数は平成25年度45事業者だったのが、令和4年度は142事業者まで増えた。
ウイスキー評論家でウイスキー文化研究所の土屋守代表は「ウイスキーの消費拡大を受け日本酒や焼酎メーカーが生き残り戦略として参入するケースが多い」と話す。ただ「ウイスキーは熟成を経てどのような味わいになるか調整が難しく、販売まで長い期間を要するため資本力も必要。専門的な知識や高い技術が求められるため、今後淘汰(とうた)が進むのではないか」とみる。
一方で「四季があり地域によって変化に富む気候や良質な水など、日本はウイスキー造りに最適な場所で、世界中から注目されている。日本のモノづくりの精神を生かし、新しい蒸留所ならではのこだわりと個性が詰まった商品を造って世界に発信してほしい」と期待を込めた。(前川康二)
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