不祥事乗り越え、夏の甲子園初出場の聖カタリナ 異色の実業家監督が選手に注入した人間力

主将で４番の河野嵐（３年）。浮田監督について「優しくいつも親身になって僕らのことを考えてくれている」と話す

８月７日に兵庫県西宮市の甲子園球場で開幕する第１０６回全国高校野球選手権大会で、愛媛県代表を勝ち取った聖カタリナ学園は、創部９年目にして初めての夢舞台に挑む。チームを率いる浮田宏行監督は社会人チームを経て地元で高校野球解説者や会社経営も経験した異色の経歴を持つ。昨年２月、部内不祥事に揺れるチームの監督に就任すると、独自の指導理念で部を立て直した。甲子園では４日目の第３試合で岡山学芸館（岡山）と戦う。「野球王国・愛媛の代表として悔いなく戦い、１戦でも多く勝ち進む」と必勝を誓う。

逆境を乗り越え成長

７月３０日、松山市の坊っちゃんスタジアムで行われた愛媛県大会の決勝戦。１点リードで迎えた９回、二死１、２塁のピンチで主戦・有馬恵叶（３年）が相手を打ち取ると、部員たちはマウンドに駆け寄り初優勝の喜びを爆発させた。

歓喜にわく教え子たちをベンチ前から眺めていた浮田監督は、ユニホームの袖で目頭を拭うとグラウンドに深く一礼。報道陣に対し、監督就任からこれまでの道のりを振り返り「短いようで、長い１年半だった。逆境を乗り越え、甲子園出場を勝ち取った部員たちが誇らしい」と晴れやかな表情で語った。

野球人として力に

浮田監督は松山市出身。地元の強豪、県立松山商では内野手だった。進学した創価大で捕手に転向し、その後社会人野球・プリンスホテルで活躍した。

３０歳のころ、チームの解散を受けて帰郷。家業の携帯電話販売店を継ぎ、カフェ事業を立ち上げるなど経営者として活動する一方で、民放のラジオやテレビで高校野球の解説を担当し、約２０年間愛媛の高校野球を見つめ続けてきた。

監督就任は約１年半前。きっかけは、今の３年生が入学直後の令和４年５月に発生した部内での不祥事だ。部員間で集団暴行があったとして日本高野連から厳重注意処分を受け、同年秋の県大会は出場停止に。指導者も不在となった状況を知り「部活に打ち込みたくてもできない部員たちの気持ちを考え、野球人として力になりたい」と監督を引き受けた。

地域に愛され、引退後も見据え

まず力を入れたのは生活面。部員の大半が暮らす寮で寝泊まりして指導に当たった。「野球人の前に、地域に愛される高校生にならないと。甲子園に選ばれるチームとして必要なことは口酸っぱく言ってます」と笑う。

部活の様子や地域の清掃活動、能登半島地震の募金活動などは自らＳＮＳに投稿。「逆風の中でひたむきに頑張る部員の姿を見てほしかった」と打ち明ける。

それ以上に意識するのは部員の引退後だ。「引退後も進学、就職と人生は続く。今教えられることは伝えていきたい」。そして、思いを伝えるときには対等な目線で関わるよう心掛けている。「社会に出たら元部員と監督に上下関係はない。だからこそ何かを強制するのではなく、納得して自主的に動いてもらうことが大事」。会社経営や異業種団体での活動を通し学んだ人間関係の要諦という。

最近は部員から恋愛や学校生活の相談などもあるという。河野嵐主将（３年）は「監督が部員を信頼してくれているのが分かる。その信頼に応えたいとここまで頑張ってこれた」と話す。

自主性とモチベーション

練習面で重視するのは「自主性」と「モチベーション」だ。「上から押さえつける指導は今の高校生になじまない。個性を尊重し、やる気を引き出しながらチームとして調和させるのが監督の役目」と語る。

普段から全部員との１対１のミーティングでそれぞれの野球観や将来設計を確認。個別練習に重点を置き、部員ごとに違う課題や目標を達成するための方法をアドバイスする。実際に、有馬は１年前まではベンチ入りもできない実力だったが、独自のトレーニングを取り入れ春先から１０キロ以上球速を伸ばした。

他の部員たちも、遅い時間までバットを振ったり守備練習をするなど自主的に野球に取り組むようになった。浮田監督は「もともと力のある部員が集まっている。やる気を触発し、努力する方向を示すことでどんどん力をつけてきた」と話す。

大きな成長期待

夏の愛媛県大会では、試合を経るごとにプレーの精度が上がり、投打がかみ合ってシード２校を破る快進撃につながった。浮田監督は「大会を通して部員たちは素晴らしい成長を見せてくれた」と振り返る。

７日に開幕する球児たちの夢舞台。浮田監督は「甲子園での勝利は、技術的にも人間的にももっと成長させてくれるはず。１戦でも多く勝ち進み、大きく成長していく部員の姿を楽しみにしている」と期待を込めた。（前川康二）