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「ありがとう」に生きる喜びを込めて 女性住職でシンガー・ソングライターの三浦明利さん 一聞百見

産経ニュース / 2024年8月2日 14時0分

今後のお寺の役割について語る三浦さん(南雲都撮影)

袈裟(けさ)姿でギターを弾きながら歌う、女性住職でシンガー・ソングライターの三浦明利(あかり)さん(41)。音楽活動を始めて25年、デビューして13年の今年、これまでの感謝の思いを込めたベストアルバムのCDをリリースし、各地でライブ活動も展開している。僧侶として人の生死に向き合う中、その明るい歌声から響いてくるのは生きる喜びだ。

阿弥陀如来像を安置する本堂に歌声がのび、集った人から手拍子が湧き起こる。5月に住職を務める奈良県大淀町の浄土真宗本願寺派・光明寺で開いた「寺子屋コンサート」。ベストアルバム「月愛三昧(がつあいざんまい)」の収録曲を次々と披露した。

「音楽を続けることができるのはこれまで聴いてくださったみなさんのおかげで、感謝の思いでいっぱいでした」と振り返る。

中でもデビュー曲「ありがとう~わたしを包むすべてに~」は若い頃、京都から乗った近鉄電車の中で作った思い出深い曲だ。「風景が都市から山間に変わる中、故郷への感謝の思いが一気にあふれてきました」。歌詞で何度も登場する「ありがとう」という言葉は、両親や友達、これから出会う全ての人たちに向けられている。

フジテレビ系バラエティー番組「笑っていいとも!」で歌う機会があり、その反響からCDを自主制作。だが間もなくメジャーデビューが決まり、新たなアルバムが作られたため自主制作盤は幻となった。

自主制作盤では、「会えないキミ」に対しても「ありがとう」の気持ちが歌われている。だが、アルバムではそのくだりが消えてしまっていたため、今回のベストアルバム収録に当たって復活させた。

「死別した人、生きていても会えない人に伝えたい『ありがとう』という思いをぜひ歌いたかったのです」。寺子屋コンサートの後、息子を亡くしたという女性から「すごく響いた」と言われ、うれしさが込み上げてきた。

ベストアルバムにはもう一つの「ありがとう」の曲が収録されている。東日本大震災で被災した宮城県名取市の高橋久子さんが作詞した「被災地からのありがとう」だ。仮設住宅で暮らしていた高橋さんは、訪れるボランティアへ感謝の気持ちを込めた詩を渡していた。それを目に留めた本願寺ボランティアセンターから依頼を受けて曲をつけ、震災から数カ月後に現地を訪れた。

詞では、月や星に対し「みんなの笑顔が戻ったことを届けてほしい」と呼びかけている。だが、そこにはまだ砂漠のような大地が広がっていた。その夕方、海近くで歌っていると柔らかな月光に包まれるのを感じた。「厳しい状況下で、高橋さんはこんな優しい月光と出合ったのだろう」。以降8年にわたり被災地を訪ね、住民らと歌い続けた。

「今年は能登半島地震があり、私たちもいつ南海トラフ巨大地震で被災するか分かりません。けれど、『ありがとう』はさまざまな場面で心に響く言葉ではないでしょうか」

一時は諦めかけた音楽活動

三浦さんの仏教の心を歌詞に盛り込んだ独自の音楽スタイルやその生きざまが注目を集めているが、一時は音楽の道を諦めかけたこともあった。

寺に生まれながら、音楽は常に身近にあった。幼少でピアノを習い始めたものの、譜面通りに弾かないといけないという息苦しさがあった。そうした中、中学生のときにギターと出合って変わった。「好きな音楽を聴いて、好きなフレーズを繰り返し弾いた。そんな自由さから音楽が好きになったのです」

高校では軽音楽部に入り、バンド活動と作詞作曲を開始。「自由度が高まり、自分の中から出てくるものを表現するのが音楽だとのめり込んだ。エレキギターをやってロックスターになりたかったです」

大学・大学院時代には仲間と「Moga Hoop」(モガ・フープ)というバンドを結成し、アルバムをリリースする本格的な音楽活動に発展。しかし間もなく、家庭の事情から住職に就かなければならなくなり、バンドからの脱退を余儀なくされた。

通夜、葬儀の導師も務める必要があり、ギターをしまい込んで音楽をやめたつもりでいた。だが、自身が置かれた状況を落ち着いて考えるようになると、仏教と音楽の関係について気づきがあった。

それは、音楽の原点は母の胎内で聴いた仏教の声明(しょうみょう)ではないかということだ。仏教は声明や雅楽など音楽に満ちあふれ、音楽とともに広がってきた。「その時代やその土地での生きる喜びを歌ってきた歴史があり、私も歌っていきたいと思ったのです」

さらにその頃、がん患者らの緩和ケア施設からコンサートの依頼が舞い込んだ。「演奏は一期一会であり、大切にしなければならないとより強く思いました」

多くの縁がつながり、CDアルバム「ありがとう~私を包むすべてに~」でメジャーデビューしたのは住職就任から3年後のことだった。そんな「歌う住職」がこれまで披露してきたのは、「ありがとう」に象徴されるような前向きになれる曲だ。

「四苦八苦の人生にあって、曲は暗いものを含めいろいろなものが自然に生まれるけど、その中から明るいトーンのものを選んで聴いてもらっています。届けたいのは喜びに満ちた光との出合いです」

今年リリースしたベストアルバム「月愛三昧」のネーミングにもそんな思いを込めている。「月愛三昧」は、月光のような慈悲の心を意味する仏教用語だ。経典には父親を殺害して王位に就いた古代インド・マガダ国の阿闍世(アジャセ)が身も心も病んでいたところ、釈迦が放った光によって癒やされたことが説かれている。

「自分も阿闍世のようで、仏の光に照らされながら夜道のような人生を歩んでいる。光のもとで歩ませてもらっているという喜びへの気づきを私は歌っているのです」

一方で、今後は自身のイメージを変えていきたいという思いも持つ。「生まれてきたけど、歌わなかったものも歌ってみようかと。例えば愛について歌ってみたい。これまで自分がつくったイメージをいったん壊して新しい自分を探してみたいです」

寺の「本来の役割」に帰着

三浦さんは昨年春から、同寺で映画や音楽などの文化芸術を楽しむ「光明寺子屋」を開いている。映画プロデューサー、河井真也さんとの出会いによって生まれた現代版の寺子屋。核家族化や人口減少も心配される中、お寺の可能性を探る場ともなっている。

出会いは突然だった。令和4年、それまで面識のなかった河井さんから「奈良を舞台に書いているシナリオの取材で会いたい」と連絡があった。河井さんはフジテレビ出身で、映画「私をスキーに連れてって」などのヒット作を生み出してきた人物だ。

「河井先生は私の一番好きな映画『スワロウテイル』をプロデュースした方で、まさかお会いできるとは思いませんでした」

会ってみると、映画の面白い裏話を聞かせてくれた。驚きや学びもあり、「もったいないのでみんなに聞いてもらいたい」と思った。河井さんも「お寺の将来について何かしたい」と意気投合。河井さんが映画や音楽を楽しむ寺子屋を発案した。

光明寺子屋が始まったのは5年4月。発案からわずか半年ほどという速さだった。

河井さんの映画の話を堪能する「映画塾」と音楽など文化に親しむ「体験塾」、縁日の屋台などを楽しむ「こどもまつり」の3つのプログラムを無料で開催。月1回のペースで来年3月までの予定だ。

「河井先生のフットワークの軽さと熱意によって始まり、新型コロナウイルス禍で私ができずに温めていたことを詰め込んだ場になりました。ボランティアスタッフの方々がみんなプロフェッショナルで、特技を生かしてくださる」

寺子屋の運営には困窮家庭に食品を提供するフードバンクなど約20団体とスタッフ約50人が協力している。こどもまつりには奈良県内外から当初の予想を上回る約200人が訪れ、多くの人たちによって支えられていることに感謝するとともに可能性を感じる。

「寺子屋は門信徒だけでなく、もっと広い視点で開いています。みんなが楽しく学んだり、芸術に親しんだりする場。お寺は本来そうした場であり、本来の役割を見つめ直すことができるようになればいいと思います」

念頭にあるのは、自身の子供時代の体験だ。光明寺や地域の行事で楽しませてもらったこと、地域の人に大切にしてもらったことが現在につながっているといい、「今度は今の子供たちに体験してもらいたい。それが将来この地域に住みたいと思う根っこになる。寺についても昔遊んだ懐かしい場所だと思ってもらえればうれしいです」と話す。

今後は光明寺子屋が打ち上げ花火に終わらないよう、シネマカフェや映画制作など、さらなる発展を思い描いている。河井さんとも既に模索を始めており、「2年間にわたって映画について学んできた寺子屋のみんなで、この地域ならではの映画を創作したい」と意気込む。

さまざまな縁がつながって、これからどんなユニークな作品が生まれるか。多くの人の期待を集めそうだ。

みうら・あかり 昭和58年、奈良県大淀町にある浄土真宗本願寺派・光明寺の一人娘として生まれた。高校生のときに得度する一方、バンド活動なども始めた。平成20年に25歳で光明寺住職に就任し、同23年に龍谷大学大学院修士課程を修了。同年にCD「ありがとう~私を包むすべてに~」でシンガー・ソングライターとしてメジャーデビューした。仏教の心を盛り込んだ作詞・作曲、演奏活動に取り組んでいる。著書に「わたし、住職になりました」がある。

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