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「笑うアシカ」生みの親、シャチの大ジャンプに込める思い スマシー館長・中野良昭さん 一聞百見

産経ニュース / 2024年6月21日 14時0分

来場者でにぎわう神戸須磨シーワールド=6月1日、神戸市須磨区の神戸須磨シーワールド(山田耕一撮影)

神戸市立須磨海浜水族園跡地に今月オープンした「神戸須磨シーワールド」(スマシー)。西日本で唯一シャチを展示し、パフォーマンスが観賞できる施設とあって、連日大勢の来場客でにぎわっている。こうした注目を集める水族館の館長を務めるのは、鴨川シーワールド(千葉県鴨川市)でアシカなどの飼育やトレーナーを長く担ってきた中野良昭さん(55)。水生生物の生態を楽しみながら学べる「エデュテインメント」をテーマに「海への玄関口のような水族館を目指したい」と意気込んでいる。

「海の玄関口みたいな場所に」

昨年5月末に閉館した神戸市立須磨海浜水族園(スマスイ)の跡地に、ホテルなどを併設したリゾート施設として再整備されオープンしたスマシーは、スマスイから引き継いだ生き物も含め、560種、1万9千点が展示されている。

スマシーの目玉の一つのシャチ展示は、これまで鴨川シーワールドと名古屋港水族館(名古屋市)の2カ所のみで国内ではわずかだ。ゆえに連日多くの人が訪れており、にぎわう館内の様子に中野さんは「無事に開業を迎えられてよかった」と安堵(あんど)の表情を見せる。

シャチの人気の理由について、中野さんは「パフォーマンスの力強さはシャチでなくては出せない」と胸を張る。さらに「白と黒のコントラストに惹(ひ)かれるのかもしれません。パンダとシャチ、どっちも人気者でしょ」と笑う。

鴨川時代にはアシカやアザラシ、ペンギンなどの飼育やトレーナーとして、パフォーマンスを披露する海獣展示課で在職期間の大半を過ごした中野さん。鴨川の代名詞でもある「笑うアシカ」の芸を最初に成功させたトレーナーとしても知られる。

一昨年2月、鴨川からスマスイに園長として着任。足を踏み入れ、まず感じたのはスマスイのアットホームさだったという。「幼い子供たちが館内を笑いながら駆け回っている様子と自分が子供の頃よく訪れた水族館の原風景が重なりました」とほほ笑む。

「『水族館へ行こう』とかしこまって訪れる場所ではなく、近所の子供たちが気軽に歩いて来る。地域に愛された水族館だと感じましたね」

当時は新型コロナウイルスが猛威を振るい、スマスイも臨時休館を余儀なくされた時期。「生き物の素晴らしい能力、大切な命を知ってもらうために飼育しているのに、誰にも見てもらえない。子供の歓声が一切聞こえない館内は本当に寂しく残念でした」と振り返る。

市民に親しまれた地域の水族館の良さを継承するとともに、神戸観光の起爆剤として国内外から観光客を呼び集めるスポットへと生まれ変わったスマシー。新たな取り組みの一つは、楽しみながら学べる「エデュテインメント」の要素を取り入れたことだ。

例えば「オルカラボ」は、鴨川と名古屋港水族館で飼育されていた雄のシャチ「ビンゴ」の骨格標本をはじめ、最新の研究成果や映像などを集約させた日本初の施設だという。

「まだまだ未知の部分も多いシャチのすべてを知ってほしい。そのうえでパフォーマンスを見れば、きっとまた違って見えてくるはず」と語る中野さん。海獣トレーナーの第一人者から水族館の指揮官へ。新たに誕生したスマシーをどんな魅力ある水族館に導くのだろうか。

トレーナー時代の難題

「すごいアップになるぞぉ」「笑おう」。カメラを向けられていることに気づいた2頭のアシカが、ニコーッと口角を上げ、歯を見せて笑顔を浮かべる-。平成初期、カメラのテレビコマーシャルに登場した「笑うアシカ」。鴨川シーワールドの代名詞ともいえるこのパフォーマンスが、大きく注目を集め、街角の広告などにも起用。この笑うアシカの生みの親こそが中野さんだった。

水族館に取材が殺到するなどアシカたちは一躍「ときの人」ならぬ「ときのアシカ」に。「俺が教えたんだぞ、と誇らしいような不思議な気持ちでしたね」と当時を振り返る。

水生生物との出会いは小学生のころ。熱帯魚ブームや海釣りで魚に親しんでいたこともあり、大きさや形状もさまざまな水槽できらめく魚たちの多様さにのめり込んだ。「水族館の魚類展示をやりたい」。高校卒業後、鴨川シーワールドで魚類担当の職に就くも、わずか10カ月でアシカやアザラシ、ペンギンなどの飼育やトレーニングを行う海獣展示三課へ異動に。

「ステージ向きだからとの配置転換だったようです。観客の前で生き物たちといきいきと技を披露するトレーナーもいいな」と思い直し、海獣との付き合いはそこから30年超にわたり続くことになる。

飼育係として最初にタッグを組んだのが3歳の雄のカリフォルニアアシカ、マンディーだった。「海なし県の埼玉で育ち、アザラシとアシカの違いも分からないところからのスタートだった」と頭をかく。初めはコミュニケーションをとることもままならなかったが「そっぽを向く相手をどうにか自分の方に向けたい」と夢中になった。日々の飼育で少しずつ信頼関係を築きながら「逆立ち」などステージで披露するさまざまな技を習得していく中で、編み出したのが「笑い」だった。

今でこそ、複数の水族館で披露されているアシカの笑いだが、中野さんがトレーナーとなった30年以上前には、国内での成功例はゼロ。米国の一部水族館で披露されているという情報を知った上司の提案で、「面白そうだと研究を始めたものの、どう教えたらいいのか分からない」と途方に暮れたという。

鏡の前で笑い顔をつくり、筋肉の動きを眺めてみたり、「そんなことしたってうまくいくはずもないんだけど」と、ついにはお手本とばかりにマンディーに向き合い笑ってみたり。研究は困難を極めたが、観察を続けるうち、マンディーがピクッと唇を上げる瞬間に気づいた。ヒントはヒゲの動きにあった。技の完成に1年近くを要し、「成功したときは本当に喜び2人で笑い合った」という。

ところが迎えた初お披露目では大失敗。「練習で散々うまくいったのに緊張したのか。『お前も俺の気持ちがうつっちゃったか』と2人でがっくり。初めての挫折でした」

忘れられないエピソードはほかにもある。水族館のある房総半島近海は海流の関係でときに思いがけない珍客が迷い込む。弱ったアザラシやオットセイなどが流れ着けば、水族館の出番となる。10年前には北の海に生息し、本来なら現れることのない迷いトドが漂着し、報道などで話題になった。

通報内容から体長1メートル程度のオットセイだろうと思いつつ向かうと、まさかのトド。「トドは後にも先にもその一度だけ。優に2メートルはあり、持参したオリでは入らず、翌日出直しました」

成功の裏にあるのは数々の失敗。これらの経験が中野さん率いる神戸須磨シーワールドの集大成となっている。

生き物すべてが主役

鴨川シーワールドで、アシカを笑わせる国内の水族館としては前人未到の成果を挙げた中野さん。館長を務めるスマシーについても「スタッフたちのチャレンジを見てもらう場としても注目してほしいですね」と力を込める。

多くの水生生物を展示する「アクアライブ」棟の2~3階にある「ローカルライフ」。「水の一生」をテーマに六甲水系の河川や瀬戸内海の豊かな自然を再現し、それぞれの環境で過ごす生き物たちの生態を学べるフロアだ。

その一角に「チャレンジ水槽」と銘打つ4つの展示がある。瀬戸内海の原風景を、館内にいながらにして本来の姿に近い状態で展示するという難しい課題に飼育員たちが挑んでいる。

例えば、国内最大規模のアマモの水槽。青々と茂る海草の森は魚たちにとって欠かせないすみかであり、気候変動の緩和にも大きな役割を果たす存在だが、全国的に大きく数を減らしている。生育条件が難しく枯れやすいため、水族館では飼育員泣かせの植物とされているが、この水槽では展示と保全活動の両立を目指しているという。

このほか、水温が上がると砂中に潜り、夏眠をする性質をもつイカナゴの年間展示や縄張り意識が強いタコの多頭飼育のほか、水槽内に海流を作り出し鳴門の渦潮の中で生き物がどう過ごすかを見てもらう展示も。これらには「生き物をただ見てもらうだけでなく、研究や教育普及的な役割を水族館が担う」といった使命感もにじむ。

これまで生き物の持つ能力を発揮し、観客を惹(ひ)きつけるステージを演出することに心血を注いできた中野さん。スマシーで研究や教育的要素の展示に力点を置く理由は、「水族館の役割が大きく変わってきた」との思いが強くなっているからだ。

さらに、水族館も展示するだけでは理解を得にくい時代になっている。ゆえに中野さんは「動物に敬意を表し、健全な環境での飼育は不可欠。その上で元気な動物たちをお客さんに見てもらい、能力や生態を知ってもらうことが求められている」と強調する。

一方、生き物の繁殖や保全も水族館の大きな役割だ。スマシーの開業目前だった今年2月14日には、ゴマフアザラシの繁殖に成功。「須磨生まれの第1号」として祝福ムードに包まれた。ペンギンは夏にかけて本来は繁殖期を迎えるが、「移ってきたばかりなので変化に慣れるまで今年は見送りたい」と来期に期待を寄せる。

スマシーは開業間もないが、前身の神戸市立須磨海浜水族園(スマスイ)、さらにその前身は昭和32年にオープンした市立須磨水族館にさかのぼる。この須磨水族館時代に同館で生まれた魚が今も大切に飼育されている。

それは北米原産の淡水魚「ロングノーズガー」。平均寿命は10~20年とされるが、これをはるかに超える長寿ぶりで、現在47歳。もともと名前はなかったが、いつしか飼育員や市民から「ガーじい」と親しまれるようになった。同種の魚の世界最高齢で、国内の水族館で繁殖した魚類としても最高齢を更新中で、阪神大震災も生き抜いたまさに〝須磨の主〟だ。

「スマシーはシャチやイルカが注目されがちだが、昭和からこの水族館を見届けてきたのはガーじいだけ。こういう個体を継承しているということも伝えていきたい」

およそ5メートルのシャチから数センチほどの小さな生物、そして植物まで、中野さんにとってはすべてが「主役」だ。(木ノ下めぐみ)

なかの・よしあき 昭和44年、東京都生まれ。62年、鴨川シーワールド入社。海棲哺乳類の飼育展示業務に長く携わり、トレーナーとしてステージにも立った。海獣展示三課課長を経て、神戸市立須磨海浜水族園園長。神戸須磨シーワールド開業準備で飼育部門の責任者を務め、今春同館館長(飼育支配人)に就任した。

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