元祖アイドルは「甲子園で始まり、終わった」 聖地とともに歩んだ太田幸司さんの天国と地獄
産経ニュース / 2024年7月29日 8時0分
8月1日に開場100年を迎える甲子園球場(兵庫県西宮市)。青森・三沢高時代に甲子園の「元祖アイドル」として知られる太田幸司さん(72)の歩みは1969年夏、第51回全国高校野球選手権の決勝戦で繰り広げた松山商(愛媛)との激闘から始まった。その後、プロ野球近鉄に入団。15年にわたる現役生活の最後は、甲子園を本拠地とする阪神でユニホームを脱いだ。人生の節目には、いつも甲子園があった。
56年前の感動、今も…
太田さんが初めて甲子園の土を踏んだのは、三沢高2年だった68年夏。目の前にそびえ立つ甲子園を覆うツタを見ただけで歴史を感じ、圧倒された。「甲子園に来たというだけで満足だった」。球場に足を踏み入れると感動は増した。
「想像以上に大きかった。アルプス席は高くそそり立っている。芝の生えた球場で野球をするのも初めて。それに、内野の黒土をスパイクで踏んだときの、あのサックサク感。足が速くなるような気がしたよ」。その衝撃は今でもよく覚えている。
東北から出てきた素朴で端正な顔立ちの少年は翌年の夏、この場所で死闘を繰り広げる。今も語り継がれている松山商との決勝戦だ。
息詰まる投手戦で延長十八回、4時間16分に及んだ一戦は0-0のまま決着がつかず、史上初の決勝再試合に持ち込まれた。翌日の再試合は、一回に先制2ランで主導権を握った松山商が4―2で勝利。一方、太田さんは1試合目に262球、再試合も122球を1人で投げ切ったのだった。
優勝校のセレモニーが終わると、太田さんの足は自然とマウンドへ向かった。「なんで行ったのかなあ。だれに頼まれたわけでもないんだけどね」。自らの汗が染み込んだマウンドで集めた砂は応援してくれた地元の人たちに分け、最後に少しだけ残った砂は自宅にあったワンカップ瓶に納めた。砂を持ち帰ったのは、3度の甲子園経験でこのときが初めて。その砂は今も自宅の片隅で静かに眠っている。「100年以上の歴史がある高校野球でマウンドの土を持って帰ったのは、もしかして俺だけと違うかな?」といたずらっぽく笑った。
「コーちゃんブーム」の陰で…
甲子園の元祖アイドルとして「コーちゃんブーム」を巻き起こした夏の大会は、太田さんの運命を大きく変えることになった。「甲子園に出てなかったら別の人生になってたかもしれないね」。小学生時代に夢見ただけのプロ野球選手。高校3年夏の大会終了後、指名のあいさつは11球団に上り、秋のドラフト会議では近鉄に1位指名された。
甲子園での活躍に導かれるようにしてプロ野球選手になった。青年が描いた青写真は、3年間は2軍でしっかり鍛えることだったが、なかなか活躍できない中でも、マスコミは「プリンス」「殿下」と呼び、人気は高まる一方。苦悩の日々だった。
プロ初勝利はプロ初登板となった1年目の70年4月19日のロッテ戦。八回から救援登板し、九回に同点にされたが、その裏、代打の選手のサヨナラ本塁打で初勝利が転がり込んだ。1年目はこの1勝のみ。2年目は未勝利。「技術的にも、精神的にも、バラバラだった」。それでも、1年目から3年連続でオールスターのファン投票1位。「地獄だった」。2年目シーズンが終わると、野球をやめたいと思うまでになった。
周囲に相談する中で「ダメなものをずっと続けてもダメやで。何か新しいことを見つけなきゃ」と言われたことで、一からの出直しを決意。自身の体の動き方に合った投球フォームを模索。もともと持ち球は直球とカーブだけだったが、腕を少し下げてスリークオーター気味にし、スライダーとシュートにも挑戦。スライダーの達人といわれた近鉄の先輩、清俊彦さんにも聞くなどして、活路を見いだそうとした。
プロ3年目の球宴は直前に2年ぶりのプロ2勝目を挙げていた。甲子園が舞台の第3戦で初の先発を任された。三回に1点を失い、なおも得点圏に走者を背負い、打席には王貞治さん。「打たれて当たり前という気持ちだった」。王さんをスライダーで遊飛に仕留めると、続く長嶋茂雄さんはシュートで詰まらせて二ゴロ併殺。「大きな自信になった。甲子園は俺を見捨てなかったのかな」
このときの投球が、再び人生の岐路となり、翌73年は6勝を挙げ、球宴に初めて監督推薦で出場。74年は10勝、75年は12勝をマークし、主力投手となった。
その後、巨人を経て、現役最後の1年は阪神で過ごした。プロ入りの際、村山実さんのいる阪神が第1希望だった。移籍話を聞かされた際、「甲子園で育った男。甲子園で始まり、最後は甲子園でもうひと頑張りして終わるのもいいか」と思ったという。
阪神時代の公式戦登板はなかったが、「2軍戦では甲子園登板もあったから、最後は阪神のユニホームを着て、野球ができてよかった。最初の夢がかなったからね」。そして、最後にこう振り返った。「甲子園がなかったら、今の自分の人生はない、といってもいいぐらいだね」と。(嶋田知加子)
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