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甲子園球場の大屋根、アルプス席の7割カバーへ 150億円かけた「大銀傘」計画の全貌

産経ニュース / 2024年8月17日 9時0分

アルプス席に銀傘を拡張する甲子園球場の一塁側内野の完成イメージ(阪神電気鉄道提供)

全国高校野球選手権大会の熱戦が繰り広げられている甲子園球場(兵庫県西宮市)。今大会では最初の3日間、気温が上昇する時間帯を避けて午前と夕方に試合を行う「2部制」が導入され、酷暑から選手たちの健康を守る新たな対策が実施された。球場でも酷暑への取り組みは進んでいる。8月2日、阪神電鉄は内野席を覆う屋根「銀傘(ぎんさん)」をアルプス席まで拡張するための具体的な工程を発表した。1日に100歳を迎えた球場の銀傘は「命を守る屋根」として、「大鉄(だいてっ)傘(さん)」と呼ばれていた戦前の頃の姿へと完全復活しようとしている。

2028年3月に完成

阪神電鉄から発表された銀傘の拡張計画は、今季の野球シーズン終了後の11月から着工し、2028年3月開催の第100回選抜高校野球大会に合わせて完成を目指す。工費約150憶円。野球シーズンのオフを中心に4段階の工期に分けて進められる予定だ。

拡張面積はアルプス席の一、三塁側を合わせて3328平方メートル。内野席の銀傘と同じ材質を使用し、既存の内野席銀傘(8184平方メートル)と合わせると、1万1512平方メートルに広がる。

高校野球では各校の応援団が陣取るアルプス席。新たな銀傘はアルプス席の約7割を覆うことが可能となり、中段付近の日照時間は真夏の1日当たりで約6時間減少する見込み。内野席全体では約8割のエリアが覆われるという。

球場外周に6階建ての建物を設けて銀傘を支える構造で、スタンドには柱がない形となるため、観戦の邪魔にもならない。今オフの工事は、球場とプロ野球阪神のクラブハウスとの連絡通路の架け替えが中心で、本格的な工事は来年11月以降。銀傘の架設は、27年11月からの最終段階で行う。

女性ファン増やした「鉄傘」

銀傘は1924年の甲子園球場完成当初から存在し、「鉄傘」として親しまれた。29年にアルプス席が増設されると、31年には鉄傘はアルプス席まで拡張されて「大鉄傘」と呼ばれるようになった。

第14代球場長を務めた川口永吉さん(71年死去)は著書「甲子園とともに」でこう記している。

《あの鉄サンのお陰で女性ファンもふえた。直射日光に当たらず、野球を観戦-女性本来の〝美〟をそこなう心配が甲子園に来てもなかったからである》

観客から大いに喜ばれた大鉄傘だが、戦時色が濃くなるにつれ、いや応なしに先の大戦の大きな流れの渦に巻き込まれていく。

43年8月、金属類回収令に基づき、すべてが取り外されて軍に供出された。球場を静かに見守ってきた大鉄傘に代わり、その後は球場が戦争を見届ける〝証人〟となった。45年4月にグラウンドはイモ畑へと姿を変え、広島に原爆が投下された8月6日には、焼夷(しょうい)弾が突き刺さった。

失われた屋根が復活したのは51年になってから。ジュラルミンで作られ、鉄ではないことから「銀傘」と呼ばれるようになった。82年にはアルミ合金製でリニューアル。ただ、当時は内野席の一部が覆われている形で、今のように内野席の両端まではなかった。

大正時代の開場当時の大きさで復活したのは、平成の大改修が行われた2009年。ガルバリウム鋼板製で架け替えられた銀傘は、内野席全体を覆った。

そして約4年後の28年。かつて「大鉄傘」と呼ばれ、女性ファンを喜ばせていた当時と同じく、アルプス席まで拡張された大屋根となって、完全復活する。

阪神電鉄の谷本修取締役は「歴史と伝統を新たに紡いでいくことが使命」と力を込めた。時を経て、酷暑から「人々の命を守る大銀傘」として、大きな使命を背負う存在となる。(嶋田知加子)

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