「何歳になっても挑戦できる」 大阪・泉佐野に夜間中学開設、76歳の生徒会長がかみしめる学ぶ喜び
産経ニュース / 2024年5月9日 12時39分
義務教育を十分に受けられなかった人たちが通う夜間中学(夜間学級)の開設が全国で相次ぐ中、大阪府泉佐野市にも今春、市立佐野中学校夜間学級が誕生した。8日夕には開級式と入学式が行われ、新入生たちはそれぞれの夢に向かって学びへの決意を新たにした。
全国で相次ぐ新設 「学び直し」の場に期待も
授業は4月から始まっているが、生徒募集は同月末まで行われ、16~76歳の8カ国41人が入学。近くに関西国際空港が立地し、空港関連の仕事に従事する外国人が増えているという地域の特色もあって、外国籍の生徒が9割近くを占めている。
この日は、和装やアオザイ(ベトナム)、バロン・タガログ(フィリピン)などの民族衣装で式典に臨んだ生徒も。会場の体育館が華やかな雰囲気に包まれる中で学級歌が披露され、高校進学や日本語の上達など生徒一人一人の目標もスライド写真で紹介された。
「学びには世界を変える力がある」。生徒を代表してあいさつに立った板谷時美(いたや・ときみ)さん(76)は、授業が始まってからの1カ月を振り返りながら、「学ぶことで人生はもっとよくなる。何歳になっても挑戦できる。目標に向かって、仲間と支え合いながら一歩ずつ前進していこうと思う」と誓いの言葉を述べた。
時代状況を映し出すことから「社会の縮図」ともいわれる夜間中学。近年は全国的に、仕事や結婚などで来日した人やその家族ら外国籍の生徒が増え、日本語指導の充実が課題となっている。また、不登校児童・生徒の増加が続く中で、形式的に中学校を卒業した人の入学も急増しており、「学び直し」の場としても期待されている。
文部科学省は全都道府県・政令市にそれぞれ少なくとも1校の夜間中学設置を促しており、今春は佐野中学校夜間学級を含めて11校が新設されたが、今年4月時点で31都道府県・政令市の計53校にとどまる。近畿2府4県では大阪、兵庫、京都、奈良に計19校あり、来春には滋賀県湖南市、和歌山市に新たに誕生する予定で、近畿全府県で夜間中学が開設されることになる。
革職人の経験生かし、美術の授業で「先生」に
式典であいさつした生徒会長の板谷さんは、学齢期に十分学べないまま形式的に中学を卒業した。年齢も国籍も多様な生徒たちのまとめ役的な存在として、先生からも頼りにされながら毎日登校し、学ぶ喜びをかみしめている。
4月下旬に多目的教室で行われた美術の授業。現役の革財布職人でもある板谷さんが自前の道具や材料などを持ち込み、先生役を務めた。
「皆さん、何を作りたいですか?」とたずねると、生徒たちは「カード入れを作りたいです」「私は財布」などと声を上げた。板谷さんは革に穴をあけたり、糸で縫ったりといった加工方法のお手本を見せながら丁寧に教えていく。その手技に生徒も先生も「すごい」と感心するばかり。長年誇りを持って取り組んできた仕事だけに、板谷さんは「ちょっとでも授業の役に立てれば、うれしい」と満面の笑みを浮かべた。
福岡・博多で生まれ育ち、中学3年のときに長兄がいる大阪へ。革靴の職人だった兄の仕事を手伝い、学校は「教室にたまに顔を出す程度」だった。熱心な仕事ぶりで早々に一人前の職人として認められ、30年程前には請われて中国で1年間、革財布の作り方を指導した。
そのときに少し覚えた中国語は今、夜間中学で中国籍の生徒たちと話す際に役立っているという。「皆、すごく勉強したいと思っているのがわかる」と刺激を受け、自分も頑張ろうと思うと語る。
勉強したい-。そう考えるようになったのは数年前、夜間中学を取り上げたテレビ番組を見たのがきっかけだ。「漢字は読めたけど、書くのが難しかった。生活の中ですごく困ったことはなかったが、悔しい思いはしてきた。テレビでお年寄りが勉強している姿を見て、わしも学校に行きたいと思った」
ある日、暮らしている泉佐野市にも令和6年4月に夜間中学が誕生することを市の広報紙で知った。すぐに市役所に足を運び、担当者に確認した。その後も定期的に訪問しては計画通りに開設されるのか、たずねた。「それだけ楽しみだった」と笑う。
夜間中学入学を見越して生活のリズムも変えた。職人の生活は早寝早起きだ。「毎朝4時20分に起き、夜は8時半に寝ていた」が、2月から「夜9時まで起きている練習」を始め、少しずつ時間を延ばしているという。
そして、待望の春。予想よりもずっと多くの仲間が入学し、気分がウキウキとした。休むことなく毎日登校し、孫のような年齢の同級生や外国籍の生徒らと机を並べて学んでいる。「先生は飽きさせないように教えてくれて、数学でも社会でも、どの授業も面白い。知らないことを勉強して、わかるようになるというのは胸にジーンとくる。そんな気持ちを知っただけでも、夜間中学に入学した甲斐があった」。静かな口調に喜びがあふれていた。
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