聴覚障害児の学習・交流をオンラインで支援 事業継続のため団体がCFも
産経ニュース / 2024年10月16日 19時39分
聴覚障害に対応した支援学校や、必要な生活訓練などを受けられる「放課後等デイサービス(放デイ)」が近くにないため、授業を理解しきれず学習につまずいてしまう-。そんな聴覚障害の子供たちの学習や当事者同士の交流をオンラインで支援する団体が、事業継続のためにクラウドファンディング(CF)を実施している。将来的には、聴覚障害児へのオンライン支援を放デイと同じ公的な福祉制度とするよう国に提言することも計画。こども家庭庁は令和7年度予算の概算要求で、ICTを活用した障害児支援のモデル事業を計上しており、団体は、オンライン支援のさらなる広がりを願っている。
家庭だけで手話習得困難
聴覚障害児への教育事業を展開するNPO法人「サイレントボイス」(大阪市中央区)。先天的に両耳に難聴のある子供は千人に一人とされるが、同法人代表の尾中友哉さん(35)によると「保護者の9割は健聴者」。このため、手話を家庭だけで習得するのは難しい。
一方、聴覚障害児に即した教育を受けられる公立の聴覚支援学校が県内に1校のみの自治体が約半数にのぼり、遠すぎて通えないケースも。障害児が通う放デイは全国に約2万施設あるが「聴覚障害に対応できるのは20施設ほど」と尾中さん。収益を出せるだけの利用者が見込めないためだという。
同法人は平成29年から、大阪市内で聴覚障害児に対応した放デイを運営。遠方から休日だけ通う子供が増えたことなどから、新型コロナウイルス禍の令和2年4月、オンライン支援「サークルオー」を始めた。
手話や字幕などを使った個別授業で学校の勉強の復習をしたり、子供同士で交流したりするほか、大学生や社会人の聴覚障害者に話を聞くイベントも。これまで23都道府県の約120人が利用した。尾中さんは「同じ障害のある子供や、ロールモデルとなる大人と出会えるだけでも、本人と保護者は前向きになれる」と話す。
ただ、コロナ禍で受けられていた助成がなくなり、事業の継続が難しくなっている。放デイの場合、児童福祉法などに基づき国と自治体が利用料の9割を負担し、一般的に月額上限4600円で通所できる。しかしサークルオーの個別授業の利用料は一コマ(50分)1800~2500円。利用者にこれ以上の負担を課すことなく支援を続けたいと、CFに踏み切った。
目標額は1千万円。専門機関と連携した支援プログラムを開発するなどし、聴覚障害児へのオンライン支援を放デイと同じ公的な福祉制度とするよう国に提言することを目指す。尾中さんは「孤立する子供たちを減らしたい」と訴えている。
手話で雑談「うれしい」
近年では耳の奥に装置を埋め込み難聴者を補助する「人工内耳」が発達し、先天性の聴覚障害があっても、手話を第一言語とする人から一切使わない人までさまざまだ。必要なサポートもそれぞれ異なり、適切な支援を受けるのが難しくなっている。
東京都の小学4年の女児(10)は重度の難聴だが、人工内耳により口話でコミュニケーションをとり、地元の公立小学校に通う。通っていた支援施設がコロナ禍で休業し、サークルオーの利用を始めた。
健聴者と同じようには聞こえず「会話を理解するには集中力が必要」と母親(44)。学年が上がると同級生の会話の輪に入るのが難しくなり、授業も「聞くのを諦めてしまっている」。だがサークルオーは「理解するまで伝えてくれ、話も聞いてくれるので、娘も楽しみにしている」という。
神戸市の中学1年の男子生徒(12)は人工内耳でも聴力を得られず手話が第一言語で、片道1時間以上かけて聴覚支援学校に通っている。だが、母親(49)は「音声で話す生徒が多く、会話に入りにくいようだ」。手話が堪能でない教員も多く、学習につまずくようになったという。だが今年3月、サークルオーで手話が第一言語の講師の個別授業を受けると「みるみる明るくなった。雑談できることもすごくうれしいみたい」。
尾中さんによると、聴覚障害のために授業を理解しきれず、学習につまずく子供は後を絶たない。また、周囲が聞こえる中で自分だけが聞こえないという環境は、対話ができず疎外感を生む。例えば友達と遊ぶとき、鬼ごっこをするという結論は筆談で伝えてもらえても、決まるまでの会話には加われない、といったことが起こるという。
2人の母親は「サークルオーは子供にとって大事な居場所」と話した。
「全国どの地域でも」
こども家庭庁は、8月に公表した令和7年度予算の概算要求の中に、ICTを活用した障害児支援のモデル事業を組み込んでいる。
政府が5年12月に閣議決定した「こども未来戦略」に基づく事業で、 「全国どの地域でも、質の高い障害児支援の提供」を目指す。
都道府県と政令市、中核市から5自治体程度を選定し、各自治体がオンラインによる先駆的な支援に取り組む事業者に委託。国が運営経費などを補助するとともに効果や課題を分析し、全国的な活用や、現行の支援施策とどう関連付けるかなどを検証するとしている。(藤井沙織)
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