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海を介して江戸で交わり、人の弱さと優しさ描く 吉村喜彦さんの時代小説「江戸酒おとこ」

産経ニュース / 2024年8月15日 13時0分

作家の吉村喜彦さんが江戸を舞台にした初の時代小説「江戸酒おとこ 小次郎酒造録」(PHP文芸文庫)を上梓した。灘から江戸に来た男が地酒造りに挑む物語で、川や海といった「水」の境界を超えて交わる優しい人間模様を描き続ける、吉村さんの魂を感じさせる一冊だ。

吉村さんの小説に登場する酒といえば、洋酒のイメージが強い。

「日本で『酒』といえば日本酒を指す。日本酒を取り上げない限り、自分の中で帳尻が合わないと思った。世界で日本酒が注目されている今、書くべきだなとすごく思った」

物語の舞台は19世紀前半の江戸。小次郎は訳あって灘の酒蔵から江戸の酒蔵「山屋」に修業に出される。備後の福山から出てきた浪人、龍之介とともに働き始めるが、山屋は酒を腐らせてしまう「火落ち(腐造)」に見舞われる。杜氏らは蔵を離れ、江戸っ子たちからの信用も失って―。

時代は「化政時代」とも呼ばれる文化・文政年間(1804~30年)。吉村さんは「当時は気候も良く、酒の原料となる米もよく取れた。酒が造りやすくなるわけですよ」としつつ、この時代を選んだ理由に、化政時代に入る前に老中首座にあった、松平定信の存在を挙げた。

緊縮、倹約の「寛政の改革」で知られる定信は、関東で酒造りの振興をもくろんだ。江戸に流通していた酒の大半が灘などからもたらされた「下り酒」。これに対抗することで、江戸からの富の流出を避ける狙いがあったとされるが、技術が伴わず質の良い酒は生まれなかった。

「そこで高度な技術がある灘から変なやつ(小次郎)が江戸に来て酒造りで成功していく方が、エンタメ小説として面白いんじゃないかな、と。自分が生まれた灘にけんかを売っていくわけですから」

山屋が造る江戸の酒にほれ、復興を目指す小次郎たち。琉球出身の海五郎、蘭方医の我夢乱(がむらん)らとの出会いを通じ、泡盛や〝利休酒〟(リキュール)など、「海外」の醸造技術にも触れながら、新たな酒造りの手法を模索していく。

鎖国にあった江戸時代だが、琉球やオランダなどとの交易は行われていた。交易拠点では洋酒に触れる機会もあっただろうという吉村さんの創作だが、「鎖国によって閉ざされた、狭い江戸というイメージを壊してみたかった」という。

でき上がった小説は海を通じて「外」とのつながりを感じさせる。小次郎も龍之介も、さまざまな事情で郷里を離れ、江戸にやってきた。

「登場人物はみんな何かが欠けているオン・ザ・ボーダー(境界線上)で生きている人たちです。でも、人は悲しみを知った上で優しくなれる、何かが欠けている人の方が優しいと思うんです。今の日本人が失っているのって、そういう優しさだと思うんですよね」

吉村さんは、川や海という境界を超えて交わる人々を描いてきた。人々が織りなす物語を通じて伝えたい思いは、今作でも貫かれている。(渡部圭介)

よしむら・のぶひこ

昭和29年、大阪出身。京都大卒。54年、サントリーに入り、ジャック・ダニエルの新聞広告、和久井映見さんらを起用した「モルツ」、井上陽水さん出演の「角瓶」のコマーシャル制作などに携わった。平成9年に作家に転身。主な作品に『バー堂島』『たそがれ御堂筋』(いずれもハルキ文庫)、『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫)、『炭酸ボーイ』(角川文庫)など。

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