一つじゃない「真実」に寄り添い、伝える 湯浅彩香・弁護士 あの日から③
産経ニュース / 2025年1月3日 19時0分
「逆転無罪」。昨年11月28日、判決の言い渡しがあった大阪高裁の法廷を飛び出し、裁判所の敷地外で待つ支援者らに向かって、その4文字が墨書きされた旗を大きく広げた。
裁判で、養子の女児=当時(2)=への傷害致死罪などに問われていたのは、一貫して無実を訴える男性被告。弁護士1年目だった湯浅彩香さん(31)が約5年前、初めて携わることになった「否認事件」だった。
◇
今でこそ支援者は増えたが、当初届いていたのは非難の声だけ。「味方がいない人の味方になりたい」。逆境で体を突き動かしてきたのは、幼い頃に抱いた純粋な思いだった。
大学を3年で中退し、法科大学院に進んだ。弁護士志望だったものの、当時目指したのは刑事弁護の世界ではなかった。1年目の春休みにエクスターン(就業体験)先に選んだのは、企業法務を専門に扱う法律事務所。華やかなイメージに、漠然と憧れを感じていた。
だが、実際に働いてみると心が動かなかった。「なぜ弁護士になりたいのか」。自分に問いかけ浮かんできたのは、小学生時代の記憶だった。
人と違う視点に立つのが好きで、「ユニーク」といわれるのがうれしかった。容疑者や被告に対する「世間の目」は厳しい。それは学校教員だった両親も例外ではなかった。そんな中で、同じニュースを見ても背景事情に想像を巡らせ、「私なら受け止め、守ってあげられる」と考えてみる。そんな子供だった。卒業文集には将来の夢を「弁護士」と書いた。
◇
「刑事弁護では食えない」。弁護士業界ではしばしばこういわれる。実際に周囲からも「やめた方がいい」と引き留められた。それでも「私が本当にやりたかったのは刑事弁護」。原点を再び胸に刻み、エクスターンが終わるころには腹が決まっていた。
司法試験に合格し入所したのは、「冤罪(えんざい)」を訴える人の〝駆け込み寺〟のような法律事務所だった。否認事件の数は刑事裁判全体の1割にも満たないが、この事務所で担当した事件では4割に上った。「どんな悪人でも弁護する」と意気込んでいたものの、「弁護士からみても冤罪だと思う事件の多さに驚いた」。
事件では被害者側の証言が尊重される一方、疑われた側は信じてもらえず、声が軽く扱われることが多いと感じる。だからこそ弁護人になれば、そんな「小さな声」を信じ切る。たとえだまされても、それでいい。
◇
ある強制性交事件では、飲み会後に女性の部屋で2人きりになった男女の言い分が、行為に至るまでの過程を巡って対立した。男性側の主張を丁寧に伝えた結果、裁判所は供述が「どちらも信用できる」として無罪を言い渡した。
同じ事象でも、目線によって写り方は変わる。「真実」は必ずしも一つではなく、それぞれの人から見たストーリーが存在するのだ。
被告が犯行を認めている事件でもそれは同じ。なぜ罪を犯したのかを探らなければ、また誰かを傷つけることになる。「被告側の物語を見て語れるのは弁護士だけ。報われることが少なくても、そこにやりがいや楽しさがある」
最近は個別事件に限らず、刑事司法の〝誤り〟で苦しむ人を減らすための活動にも手を広げる。裁判のやり直し手続きのルール化を求める「再審法改正実現大阪本部」で事務局次長を務め、冤罪救済を掲げる一般社団法人「イノセンス・プロジェクト・ジャパン」にも参加。無実の人が無実だと認められる-。目指すのは、そんな当たり前の社会だ。
年明けには独立し、事務所を開業。中心的に扱うのはもちろん刑事裁判だ。「コストパフォーマンスを考えず、一件一件の事件に、丁寧に徹底的に取り組む」。突っ走れば、人も結果も後からついてくる。そう信じて進むつもりだ。(西山瑞穂)
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