船渡御、花火だけじゃない 華やか8体 「御迎え人形」 大阪・天神祭を彩る主役
産経ニュース / 2024年7月5日 10時30分
大阪の夏の風物詩で日本三大祭りに数えられる、大阪天満宮(大阪市北区)の天神祭(24~25日)が近づく中、年に一度だけお披露目する「御迎え人形」(大阪天満宮蔵)の展示が市内各所で始まった。かつて、祭りのクライマックスの「船渡御(ふなとぎょ)」を迎える「御迎え船」に乗せていた豪華な人形。祭りの前には町中でも披露されていたという。これにちなみ平成21年から地元のホテルなどが場所を提供し、人形披露を再現。祭り気分を盛り上げている。
組み立て1時間
「前掛けをもう少し右へ」「ちょっと行き過ぎた。戻して」
6月末、帝国ホテル大阪(大阪市北区)では神社関係者らが集まり、地下の展示室で御迎え人形の組み立て作業をしていた。
同ホテルに飾る人形は江戸時代初期の俠客(きょうかく)「木津勘助」(中村勘助)。大阪・中之島の蔵屋敷から米俵を奪い民衆に分け与えるなどした庶民の味方で、人形はその場面を表現しているという。
木製の胴体に腕や顔をはめ込み、さらに服を着せていくのだが、衣装はずっしりと重く簡単にはポジションが決まらない。慎重に作業すること約1時間。トラの刺繍(ししゅう)が入った赤い着物に、竜の刺繍の黒帯を締めた勇ましい勘助が完成した。
隣接するOAP(大阪アメニティパーク)では三国志でおなじみの「関羽」を組み立て。あごひげをしごいて見えを切る関羽は、今にも動き出しそうだ。江戸時代の歌舞伎にも登場して人気を博したという。
疫病よけの赤い服
「天神祭が盛大になるのは17世紀末の元禄文化が華やいだ時代。その頃に御迎え船に人形が飾られるようになった」
大阪天満宮文化研究所所長で芦屋大客員教授の高島幸次さん(75)が解説する。
人形のモデルになったのは当時大阪で注目を集めた浄瑠璃や歌舞伎の登場人物。共通点は疱瘡(天然痘)の神が嫌う緋色(赤色)を身にまとっているところだ。
また「文楽人形の細工師らが作ったので手足が動かせる仕組みになっている」(高島さん)。御迎え船の舳先(へさき)に乗せても見えるように、大きめのつくりで約2メートルほどもある。かがり火に浮かび上がる姿は当時の人々を魅了しただろう。
保存の過程で手足が固定されて現在は動かせないが、現存する16体すべてが大阪府指定有形民俗文化財だ。最盛期の江戸後期には50体以上あったそうだ。
展示する人形は毎年入れ替えており、今年は先の2体のほか、大阪くらしの今昔館(同市北区)と天満宮、料亭の花外楼北浜本店(同市中央区)、ホテルニューオータニ大阪(同)で計8体が展示予定だ。
人形巡りを楽しんでもらおうとスタンプラリーもあり、台紙は天満宮の授与所で入手できる。
人形の展示は、花火や渡御が注目されがちな天神祭で祭りに関するさまざまな仕掛けに触れ、参加意識を持ってもらえたらという思いが込められているという。
時代に合わせ変革
少子高齢化や地域コミュニティーの希薄化による担い手不足などで、存在が危ぶまれる祭りが増えつつある。今年2月、千年の歴史に幕を閉じた岩手県の「黒石寺蘇民祭」も記憶に新しい。
高島さんは「伝統行事が盛大になる秘訣(ひけつ)は変革。変わったら伝統行事ではないと思われるが、変わらなければ途絶えてしまう」と指摘する。
高島さんによると、祭りは3重円の構造をなしている。神事は最も中心部にある中核の円。いつの時代も変わらない。高島さんは「本来伝統」と呼ぶ。
中核を取り巻く2つ目の円は神賑(しんしん)行事。祭りを盛り上げるために氏子らが担い、時代によって変わる。天神祭でいえば船渡御や陸渡御、花火だ。高島さんは「疑似伝統」と定義する。 一番外側にある3番目の円は観衆。にぎわいの主役だ。この3つの円がそろっているからこそ、天神祭は国内有数の祭りになったという。「天神祭は危機が訪れるたびに変革を繰り返して功を奏してきた」
たとえば明治期に旧暦から新暦へ変わったときは、祭神・菅原道真の誕生日「25日」を継承しつつ、ずれをほぼ1カ月と考えて6月25日から7月25日に変更。結果的に梅雨を避けられ、好都合だったという。
また戦後は地盤沈下で下流の御旅所への船渡御が困難となった。陸渡御で行くことも検討されたが、思い切って上流へと進路を変えて船上で神事を行うようにした。これもまた、神事が祭りの中心にあることを人々に再認識してもらう効果があったという。
「時代の変化でやむを得ず変革する際には、過去を回帰させるような見せ方を工夫すれば伝統のように受け止められる。それが非常に重要で、人々に安心感を与える」という。
高島さんはこうした天神祭の疑似伝統のノウハウなどをまとめた「大阪天満宮と天神祭」(創元社、2200円)を出版。「変革が力になることもある。継続の危機を迎えている祭りのヒントになれば」と話している。(北村博子)
天神祭 疫病退散を祈願する祭りとして平安時代の天暦5(951)年から千年以上の歴史がある。24日の朝に堂島川での鉾流(ほこながし)神事によって祭りが幕開け。25日には陸渡御のあと大川で船渡御が行われ、奉納花火が夜空を彩る。毎年約130万人でにぎわう。
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