<朝晴れエッセー>6月月間賞は「ドクターイエローからの贈り物」 惜別感と胸に迫る情景
産経ニュース / 2024年7月20日 8時0分
朝晴れエッセーの6月月間賞に、小川雅子さん(45)=滋賀県草津市=の「ドクターイエローからの贈り物」が選ばれた。ドクターイエローは黄色い車体の東海道・山陽新幹線の検査専用車両で6月、老朽化のため令和9年をめどに走行を終えることが発表された。エッセーは、そのニュースを耳にした著者がかつて、産院からの帰り道にわが子とドクターイエローを見た思い出を振り返った作品。死産だったわが子は、小さな箱に収められていた。選考委員は作家の玉岡かおるさんと門井慶喜さん、岸本佳子・産経新聞大阪本社夕刊編集長。
玉岡 6月は読んでいて楽しい作品が多かったですね。
岸本 そんな中で、玉岡先生と◎の重なった「ドクターイエローからの贈り物」は、つらいエピソードでもありました。
玉岡 見ると幸せになれると言われているドクターイエローですが、著者には悲しみが重なっている。その後、幸せは訪れたのだろうかと思っていたら、2人の息子さんに恵まれた。人生の切実なワンシーンにあったドクターイエローへの惜別も感じられ、タイムリーでもあって、いい新聞エッセーだと思います。
岸本 「明日には火葬されるわが子」に胸が痛くなりました。導入部分も自然です。引退のニュースに、著者は本当に思わず手が止まったんでしょう。悲しみの回想から現在のにぎやかな日々まで、いろいろな情景が詰まっています。
門井 車の窓からドクターイエローを見せてあげるところは、胸に迫る情景です。書きぶりもいいですね。
岸本 門井先生が◎にされた「今どこ?」は、読み手も一緒にハラハラする疾走感がありますね。
門井 こちらはコメディーで、とにかくテクニカルです。前半の夫のエピソードは、後半の娘のエピソードのための絶妙なミスリードで、最後にきれいに結びつく。上手に書こうと思って、上手に書けたエッセーです。
岸本 関西人だと特に共感できます。JRの新快速に乗っていたら、もう諦めるしかない。
玉岡 深夜の姫路駅では、寝過ごした酔っ払いがタクシーを奪い合っていますよ(笑)。
岸本 「ぎっくり腰」も愉快な作品でした。
門井 「はうように用をたし、ふと見た鏡の中には、つんと一本角のごとく白髪が立っていた」という一文がいい。喜怒哀楽を、ユーモアを込めて上品に書いています。誰もが知ることわざを使った最後の段落も、推敲を重ねられただろうと。
玉岡 ユーモア作品は朝晴れエッセーの看板の一つなので、どんどん投稿してほしいですね。
岸本 私と玉岡先生は、「親心」でも重なっていますね。
玉岡 「ミカンってお金で買うものやったんや」というのは、ご本人たちならではの声。親から届くのが当たり前だと思っていたところから、薬を飲みながらの農作業だったことが分かるまでの落差がうまい。遺品整理で親のありがたみに気付く作品はこれまでもありましたが、農具でというのは新鮮で、はっとさせられました。
岸本 農具や市販薬の描写で、寂しさや感謝の気持ちが一層伝わってきます。「早起きは三文の徳」は、自分も掃除を終えたような、すがすがしい気分になりました。
玉岡 高層ビルでの清掃中に見える、大阪の美しい夜明けの風景がいいですね。第二の人生の喜び、労働の喜びを余すことなく伝えられています。
岸本 早朝のお仕事を終えた後は、どんなふうに過ごされるんでしょうか。一日の過ごし方を書いた「私の一日」は、ユニークな作品でしたね。
門井 著者は面白く書こうと思わず、真剣に書いているところが他の作品と異なるところです。観葉植物に、モーツァルトの曲とともに自身のボツ原稿を読み聞かせるのか、と。書くことが好きだというのがすごく伝わってきて、好感が持てます。
玉岡 私が選んだ「となりぐみ」は高齢者ばかりになったニュータウンが題材ですが、「とても静かで、時々無人島にいる気さえする」と。助け合って楽しく過ごそうという著者たちの姿勢が、事態の深刻さをより浮き彫りにしています。
門井 「夜学、恩師の号砲」は、この先生の豪快なキャラクターと、印象的なセリフで成立させた作品。入学初日に、やめたければすぐ退学しろと生徒に言ったら、今では問題になるでしょうね。
玉岡 ご自身も夜学の出身だからこそ苦難を知り、生徒に厳しくしている。そのことを卒業の日まで言わないところに人柄を感じますね。
岸本 「適材適職」は、古本について初めて知ることが多くて勉強になりました。
門井 「希少本」だけでも分かるところを、「白手袋をはめるような希少本」と書くなど、誰にでも分かるようにここまで客観的に書けるのは、大したものだと思います。
岸本 確かに説明が丁寧ですね。いろいろな作品を講評していただきましたが、月間賞はやはり、◎がそろった「ドクターイエローからの贈り物」でしょうか。
玉岡・門井 そうしましょう。
受賞の小川さん「幸運な瞬間、大輔とともに」
不妊治療をしてやっと授かった子供でしたが、安定期に入った頃、検査で心臓が止まっていると聞かされました。人工的に陣痛を起こして出産して、ショートケーキが3つ4つ入るくらいの、本当に小さな箱に収められました。
飲ませる相手がいないのに母乳が出て、体にはまだ出産の痛みが残っていて。精神的にもどん底のときに、初めてドクターイエローを見ました。この世に一日くらいしかいられなかったわが子に、すごくラッキーな経験をさせてあげられました。
生まれたときに男の子と分かり、大輔と名付けて見送りました。テレビでドクターイエローが映ると、当時のことがよみがえります。悲しみよりも、大輔とあの時間を持てたことのうれしい気持ちの方が大きい。それも、あれから8年がたっているからなんでしょうね。
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