三島喜美代さん、上村淳之さん、林聡さん…逝った関西美術界の巨星をしのぶ
産経ニュース / 2024年12月29日 8時30分
令和6年は関西の美術界の巨星たちを失った年になった。6月には陶器に新聞などの印刷物を転写することで氾濫する情報への危惧を表現した三島喜美代さん、11月には花鳥画の第一人者で文化勲章を受章した上村淳之さんが亡くなった。また、同月、関西の著名な美術作家たちが個展を行ってきたギャラリーノマルのディレクター、林聡さんも逝った。
「命を懸け遊ぶ」作品に投影
現代美術作家・三島喜美代さん=大阪府出身。美術家。具象画から抽象画へと進み、70年代には陶に印刷物を転写する技法で注目を集めた。6月19日死去、91歳。
「ゴミばーっかり作ってますねん」
これが、三島さんのいつものあいさつがわりの言葉だった。
1960年代には古いコートなどの衣類を用いてコラージュ作品を作ったりもしていたが、70年代に入り、陶を使った立体に移った。確かに、新聞紙や飲料水の缶のラベルを転写した陶製の作品をみていると、「ゴミ」というのも納得できる。
しかし、その完成度は本物と見まごうばかり。ときに陶芸家の人物図鑑で扱われることもあったが、本人の意識はあくまでも芸術性を追求する美術家だった。
「そうやって遊んでるんやね」
体調がすぐれないというのに、腰を曲げながらアトリエの作業台の上で粘土を伸ばしていた姿が忘れられない。「命を懸けて遊ぶ」という気持ちが、生まれてくる作品にすごみを与えていた。
晩年は海外のアートフェアなどにも意欲的に出品し、世界的な評価を高めていった。森美術館で令和3~4年に行われた「アナザーエナジー展」をはじめ、昨年は岐阜県現代陶芸美術館で個展、ことしも練馬区立美術館で回顧展と、国内での人気も高まるなか飛び込んできた訃報だった。
あけすけな人柄で、若いころの交遊譚などをてらいなく話してくれた。いくつになってもチャーミングな人だった。
鳥との信頼 画業につなげ
日本画家・上村淳之さん=本名・淳。京都府出身。文化勲章を受章した日本画家で花鳥画の第一人者。京都市立芸術大名誉教授。11月1日死去、91歳。
祖母、松園は美人画の巨匠、父、松篁は花鳥画の大家。京都画壇の系譜でいえばサラブレッドである。偉大な祖母、父の業績は、同じ日本画の道を歩む淳之さんに重くのしかかってきたのではないか。
「僕は僕、父は父、松園さんは松園さん」
3代にわたっての文化勲章受章が決まったとき、淳之さんが語った言葉を忘れることはできない。ただ、そっけない言葉とは裏腹に、周囲の期待に応え、肩の荷を下ろしたという晴れ晴れとした気持ちがこもっていたようにも感じられた。
奈良の家にはたくさんの鳥を飼っていた。11年前、文化功労者になったインタビューの際、自宅をうかがったときには200種1500羽がいるという話だった。「ヒナから育てると、彼らは警戒心をもたない。信頼し合える存在になれる」。そうして仲良くなった鳥をじっと観察し、画業につなげていった。
帰り際、たくさんの虫の音が聞こえてきた。風情があるので家の人に聞くと、鳥の餌にするため育てていたのだそうである。愛鳥家には愛鳥家の苦労があると知った。
いつも、日本画の未来を考えていた。母校の京都市立芸術大学で多くの後進を育てた。「学生たちとよく飲みに行って、いろんな相談に乗ったものだ。今夜あたり、どう。よい店があるんだ」
仕事があったせいで、丁重にお断りしたが、その後、体調を崩され、お誘いはなくなった。いまとなっては悔やまれる。
「活きるため」アートは必要
ギャラリーノマル・ディレクター・林聡さん=大阪府出身。大阪教育大で美術を専攻。卒業後、欧米型版画工房をならってノマルを立ち上げ、経営者とディレクターを兼務。11月1日死去、60歳。
「大阪で一番活発なギャラリーだった」と彫刻家の植松奎二は語る。林さんは平成元年、25歳で版画工房、のちにデザイン編集スタジオ、展示スペースを兼ね備える株式会社ノマルを立ち上げた。ノマルはノマド(遊牧民)とアート(芸術)からの造語。チャレンジする精神をそこに込めた。
植松は3年にここから作品集を出版する。「林君とはずっと一緒に仕事をしていた感じがする」
11年に新しくなった大阪・城東区のギャラリーノマルで最初に個展をした作家も植松だった。「普通のギャラリストと違い、作家の視線をもって作家と一緒に仕事をしていくタイプだった」
植松のほかにも木村秀樹や榎忠、名和晃平など名だたる美術家たちが展覧会を行い、若い作家たちの成長も支援してきた。
30周年に出版した「アートの奇跡」のなかで「ノマル誕生」を振り返って執筆したテキストのタイトルは「人はアートがなくても生きられるが、活きるためにはアートが必要である。」。その思いを胸に励んだ。
「35周年の記念展もやりとげ、通夜も葬儀もギャラリーで行った。60年、やりたいことをやったあっぱれな人生だったんじゃないか」と植松は振り返った。(正木利和)
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