死も自己決定 安楽死が急拡大するケベック州、74%が合法化に賛成 拡大路線にはらむ危険 安楽死「拡大」の国カナダ(4完)
産経ニュース / 2025年2月5日 8時0分
カナダ東部のケベック州。かつてフランスの植民地だった歴史を持ち、大半が英語圏のカナダでフランス語を公用語とする同州には、自己決定権を重視する気風が色濃く残る。安楽死に関しても、カナダの連邦法に2年先んじて2014年6月、終末期患者への実施を認める州法を成立させるなど、いち早く環境を整えてきた。
ケベック州議会が安楽死に関する特別委員会を設置したのは09年。専門家への諮問、公聴会、住民アンケートなど、数年がかりで下地を作った。
「母は死の淵をさまよい、目覚めると、医師に自殺の手助けを求めた。自尊心の強い女性が衰弱し、尊厳を失っていくのを見ているのは耐えられなかった」。10年10月の公聴会。母を膵臓(すいぞう)がんで亡くした女性は、自らの経験を切々と語り、安楽死導入を強く求めた。
6500人規模のアンケートでは、74%が「一定条件下での安楽死の合法化」に賛成した。特別委は12年、「終末期ケアには新しい選択肢が間違いなく必要だ」と結論付け、法整備を促した。
「ケベックでは旧来、死や終末期について積極的に対話する文化が醸成されてきた」。同州の高齢者・保健相、ソニア・ベランジェは「尊厳を持って最期をどう迎えるのかという観点から、私たちは先駆的に動き始めていた」と振り返る。
カナダの安楽死、ケベックが36%超占める
23年にカナダで安楽死した1万5343人を州別で見ると、最も割合が高いのはケベック州の36・5%(5601人)で、オンタリオ州の30・3%(4644人)を上回る。ケベック州の人口がオンタリオ州の6割弱にとどまることを考えると比率の高さが際立つ。
ケベック州では対象拡大への動きがなお続いている。24年10月の州法改正で、認知症患者を念頭に、連邦法では認められていない事前書面での申請に基づく安楽死実施が可能になった。現在は18歳以上が対象の年齢要件に関しても、医師会などが大幅引き下げのための働きかけを行っている。
半面、同州では妥当性のチェックも厳格だ。専門の公的機関を設置し、医師や弁護士ら13人の委員が、すべての実施事例を事後に審査。毎年州政府に報告している。
推進力と透明性の両輪で環境整備を続ける同州。底流に、死に関しても自己決定権が機能すべきだという通念がある。ベランジェは「つらい病気や症状で、生きる喜びがないと感じる患者がいる。安楽死は、こうした人々にとって必要な手段だ」と訴える。
拡大の一方で、歯止めも
カナダの安楽死制度は、21年に「死期が予見できる」という終末期の要件が撤廃され、27年には精神疾患患者への適用が予定されている。ケベック州が先鞭(せんべん)をつけてきた制度拡大への意識が、国内で広がりつつある。
一方で、拡大路線に歯止めをかける地域もある。保守地盤が厚い西部アルバータ州は、精神疾患患者への適用を認めない方針を提示。安楽死の意志決定プロセスへの監視を強化する仕組みの導入も検討している。
近年、安楽死が急拡大したカナダ。しかし、導入から10年近くを経て、内在してきた方向性の違いも顕在化している。やがて意見対立が高まれば、分断の火種になる懸念もぬぐい切れない。
安楽死法制に詳しい同志社女子大教授の谷直之(58)=医事刑法=が指摘する。
「安楽死を患者の権利と認めたことで国民の抵抗感がなくなり、拡大路線につながったのではないか。安易な選択肢となり、立場の弱い人々への圧力となってはならない。世界はカナダの動向を注視すべきだ」
=敬称略
(第2部おわり)
◇
小川恵理子、池田祥子が担当しました。
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