米リベラリズムの破綻招いたカーター氏 誠実な人柄は「最高の元大統領」に結実 古森義久
産経ニュース / 2024年12月30日 12時56分
昭和54年6月、日本が初めて議長国を務めた東京サミットで、会場の迎賓館の主庭を散歩する各国首脳。(左から)カーター米大統領、大平正芳首相、ジスカールデスタン仏大統領、クラーク加首相、シュミット西独首相、アンドレオッチ伊首相、サッチャー英首相=東京・元赤坂の迎賓館
29日に死去したジミー・カーター元米大統領。その米大統領としての登場はまさにさわやかな新風だった。1977年1月20日の就任宣誓の直後、議事堂からホワイトハウスまでの行進でそれまでの慣例を破り、途中で車を飛び降りて、厳寒の大通りをロザリン夫人と手をつないで歩く光景は米国政治の新たな幕開けを真に思わせた。
ワシントン取材を始めて間もない私が目前に見たこの展開は明るい新時代の到来を思わせ、以後の4年間の重苦しい動きを想像もさせなかった。
南部ジョージア州知事を政治歴としたカーター氏は国政ではまったくの新人だった。民主党リベラル派の無名に近いカーター候補が76年の大統領選で共和党中道の現職ジェラルド・フォード大統領を破ったのは、当時の米国の特殊な状況のためだといえた。
ベトナム戦争での北側共産勢力の南政権粉砕による米国の挫折や、リチャード・ニクソン大統領のウォーターゲート事件での辞任は米国内でワシントンの既成勢力への反発を強めた。
カーター氏が、政界入りの前はピーナツ栽培農民、キリスト教牧師だったと強調する姿勢が反ワシントンの思潮に明らかにアピールした。私が実際に接触したカーター氏も倫理や善意を重視する誠実な人物にみえた。日本人記者数人とのホワイトハウスでの会見に2時間近くも費やして、多数の質問に熱意を込めて答える様子は他の米国大統領では考えられなかった。
カーター政権は日本メディアとは特に友好的でオープンだった。ワシントン駐在の日本人記者団とホワイトハウスのスタッフとのソフトボールの親善試合まで許したほどだった。ただし結果は日本側の惨敗だった。
カーター氏の外国訪問では何度も同行取材の機会を得た。初の東京での先進国首脳会議(サミット)、ポーランドやイラン、インドへの人権外交の歴訪、イスラエルとエジプトの和平合意につながる中東訪問など、カーター氏が相手国の官民に懸命に善意を示す姿勢にいつも好感を覚えた。ニクソン政権からの継続案件だったとはいえ、79年に中国との国交を結んだのもカーター氏だった。
だが、米国内では経済が異様なほど悪化した。マレーズ(沈滞)と評される成長の停滞や失業の悪化だった。カーター政権のリベラル政策による極端な「大きな政府」策で企業活動が抑えられ、政府支出が膨大となり、財政赤字を記録破りに増やした結果だとされた。
しかし、それよりずっと深刻だったのは米国の対外関係の悪化、東西冷戦での大幅な後退だった。カーター氏は人権外交を唱えながらも、最大の敵のソ連に対しては一方的な善意といえる融和の姿勢をとり、国防費を削っていった。軍備管理の対立案件でも善意を強調し、一方的に譲る動きをとった。
ソ連は米国のこの態度を後退とみて世界各地で攻勢に出た。その究極の動きが79年12月のアフガニスタン侵攻だった。ソ連の特殊部隊がアフガンで現職の最高指導者を処刑するという蛮行だった。東西冷戦の基本構図が一変した。カーター氏は「私のソ連に対する認識は誤っていた」と公式に言明した。
カーター外交でのもう一つの汚点は79年11月、イランのイスラム過激派に米大使館員50人以上を拘束され、444日間も人質に取られたという失態だった。
この内政、外交両面でのリベラリズムの破綻はその後の米国民を共和党保守派のロナルド・レーガン大統領への熱い支持へと駆り立てていった。
だが皮肉なことにカーター氏は退任後の40年以上の期間、元大統領として内政や外交に寄与してノーベル平和賞まで受け、「最高の元大統領」と称賛されることともなった。(ワシントン駐在客員特派員)
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