支局に届いた署名入りの手紙 生涯にわたり「人権外交」追求 カーター元米大統領を悼む
産経ニュース / 2024年12月30日 14時0分
カーター元大統領が就任したころの米国は、停滞と混乱の中にあった。ウォーターゲート事件による政治不信、ベトナム戦争の集結を告げたサイゴン陥落の余波…。カーター氏は、ワシントンとは無縁の清潔な政治家として期待されて登場した。それもやがて、「決断力を欠いた弱い指導者」という評価へと変わり、1期だけで終わったが、民主主義の基本的な価値、とりわけ人権を米外交の基盤に据えた初の大統領であり、生涯にわたり融和を追求し続けた政治家であった。
1999年の暮れも押し迫ったある日、当時産経新聞ニューヨーク支局長だった筆者の元に、カーター氏から署名入りの手紙が届いた。
この年の12月31日をもって、パナマ運河の管理・運営権が米国からパナマに返還されるのにあたり、22年余り前に大統領として返還を決意し、パナマの最高指導者、トリホス国家保安隊司令官(当時)との間で、新パナマ運河条約に署名した当時の回想や、返還の意義などがつづられていた。
「運河の返還は、人生において最も困難な政治的課題だった。上院で条約の承認に必要な3分の2の賛成を確保することは、大統領選で当選するより難しく、奇跡に近いと思われた」
それは「『運河は米国が築いたものであり、今後も維持し手放すことはしない』と、多くの米国民に不評を買った返還条約だった」からだ。反対の急先鋒(せんぽう)の1人が、後にカーター氏を破り大統領に就任する共和党のレーガン氏である。
そこでカーター氏が頼みとしたのが「レーガン氏より人気がある俳優のジョン・ウェイン氏」である。「幸いなことに、彼が条約への賛意を強力に打ち出してくれた。私はこうしたあらゆるものを利用する必要があった」と述懐した。
なぜ、返還を決意したのか。手紙には「米国に対する憎しみはパナマではもちろん、中南米諸国の間に増幅していた」とあった。「人権外交」を掲げたカーター氏には、中南米諸国の反米感情を抑制し、民主化を促す狙いがあったのだ。
返還の意義については「民主主義国家というものは公正であり、米国は他国を支配する道を選択せず、威厳と尊厳をもって対等に扱うという事実を示した」と述べていた。
返還に先立つ12月14日、パナマ運河の太平洋側にあるミラフローレス水門で行われた返還式典に、カーター氏の姿があった。
約1500人の参加者を前に「運河はあなた方のものであり、パナマの全面的な主権を認める」と、「カーター・スマイル」を浮かべながら、感慨深げに語っていた情景が昨日のことのように思い出される。
それから3年余り後の2002年5月、今度はカーター氏のキューバ訪問を取材した。カーター氏の「らしさ」が押し出されたのはハバナ大学での講演だった。
当時のフィデル・カストロ国家評議会議長らキューバの全閣僚が見守る中、「両国関係を変革させるときが来ている」とスペイン語で切り出した。
カストロ氏に「人権など基本的な権利は本来、キューバの憲法が認めているものだ」と迫る一方、米国のブッシュ(子)大統領と議会にも「米国人の渡航制限を解除し、禁輸措置を撤廃することを望む」と呼びかけた。
講演は国営テレビを通じ全国に生中継され、カーター氏も「キューバの国民に直接、語りかけることができた」と満足げだった。
キューバに対し強硬だったブッシュ政権が、カーター氏の仲介的な独自外交に強い嫌悪感を抱いたことは言うまでもない。しかし、そこにこそカーター氏の真骨頂があったといえよう。
(産経新聞客員論説委員 青木伸行)
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