【佐藤綾子のパフォーマンス講座(10)】文在寅大統領の巻 トランプ氏の笑顔引き出した「敵の敵は味方」術 したたかな韓国のリーダー

産経ニュース / 2017年8月8日 9時56分

光化門近くの広場で演説を行った「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏=5月9日午後、韓国・ソウル(川口良介撮影)(産経新聞)

 《パフォーマンス学の権威として知られる佐藤綾子氏が、「リーダーたちに学ぶ伝え方」として、各界の第一線で活躍するリーダーの所作を通じ、社内でのプレゼンテーションや営業トークといったビジネスの現場で役立つテクニックを伝授します。産経ニュースへの特別寄稿です》

強調したのは「民族の統合と繁栄」

 今年5月、世界中が注目する中で韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領(64)が誕生しました。まず、その就任演説を見てみましょう。そこにはバランス感覚が見えます。集まった人々に均等に視線を送りながら穏やかな口調で演説した文氏。同じ就任演説でもトランプ米大統領が16分20秒の間に112回もOKサインを繰り出し、両手をバンバン振り上げたのとは対照的に、両手は体側に自然に垂らしたまま、一度も腕を振り上げることはしませんでした。特に声を大きくすることもなく、どちらかというとフラットな口調で演説を終えました。多分、これが彼の目的だったのです。

 穏やかなジェントルマンという感じの演説の中で彼が強調したのは、「民族の統合と繁栄」です。今までの人々の苦労に触れることも忘れませんでした。多くの若者が犠牲を伴って作りたかった理想の大韓民国を畏れの感情をもって作っていくというので、非常に謙虚なビジョンの提示です。それを具体的にするために、話し合いを重視すること、重要な案件は常にマスコミにブリーフィングすること、北朝鮮とも話し合いをすること、都市名まで挙げました。平壌にもワシントンにも東京にも必要に応じて飛んでいくと言うのです。

 そして演説をイメージ付けた低姿勢は言葉でもその通りに言いました。「国民目線で、低い視線で、仕事をしていく」と言ったのです。清廉潔白な大統領になる。全身全霊をかけて国民の自慢となるような大統領になるというのです。

 これについては彼より前の2人の大統領の悲劇がおそらく意識されています。在職中なのに逮捕されて、結局、大統領の座を追われた朴槿恵(パク・クネ)氏。せっかく大統領になったのに政権末期は実兄らの不祥事で支持率が低迷し、その座を追われるようにして去らねばならなかった李明博(イ・ミョンバク)氏。この2人、あるいはそれ以前の全ての大統領の終わり方をイメージして、自分は故郷に帰って平和な話し合いができる大統領になるという宣言です。

 皆さん、よく注目してください。大統領就任演説としてはかなり変わっています。一体どこの国のどの大統領が、それ以前の大統領について「不幸な歴史が続いていた」と明言するでしょうか。清廉潔白な大統領として国民目線で国民の自慢になる大統領として終わりたいと、始まったばかりで終わり方について話をしたでしょうか。この辺りが、韓国の国民と大統領の歴史の特異性を物語っています。

ネクタイの色ではないところに心理作戦

 不幸な歴代大統領の上に自分が誕生したこと、自分は派閥を持っているわけでもなく、大金持ちでもない。この点、父親が大統領だった朴氏とは大きく違います。李氏が貧しい中で母親を助けながら食料が不十分な中で育ってきて、韓国ビジネスで大成功したこととむしろ近いかもしれません。

 でももっと注目すべきは弁護士になるのが天文学的に難しい韓国で弁護士試験に合格して弁護士をやっていたという頭の良さです。大金持ちの出身ではない。政治家の家に生まれたわけでもない。祖母は北朝鮮からの脱北民である。しかし弁護士になった。そういう人が大統領の座に着いたわけです。当然用心深く、現在置かれた環境を全て利用しようと細心の注意を払います。それがもっともよく現れたのが7月7日でした。

 7月7日(日本時間)、独ハンブルクでの日米韓首脳会談を見てみましょう。韓国のマスコミはトランプ氏のネクタイが鮮やかな赤で、それを予測した文氏が同じ赤系統のネクタイを締め、意識していなかった日本の安倍晋三首相は濃いブルー系のネクタイを締めていたということをわざわざ書きましたが、よく考えたらトランプ氏はヒラリー・クリントン氏と選挙演説を繰り広げていた段階からほとんど毎回赤いネクタイを締めていたのです。

 そんなトランプ氏が当日、赤ネクタイをしてくるだろうくらいのことは側近が想像しています。細心の計画性があって立派だとマスコミが書くほどのことではないでしょう。

 普通に考えたらトランプさんは赤のネクタイで現れます。だったら「鮮やかな真っ赤な色より少しトーンを落とした赤にしよう」くらいは誰だって考えることです。狙ってやったと持ち上げるほどのことでもないでしょう。ただ、狙ってやったと思わせる心理作戦はネクタイの色ではないところにありました。

「敵の敵は味方」の「ブリッジング」

 トランプ氏が年中、CNNなどに対して「フェイクニュースだ」と怒っていることは有名です。そのトランプ氏の心情をよく理解して「自分も今、息子に関するフェイクニュースで困っている」と開口一番に話し、トランプ氏の笑顔を引き出しました。この辺は「ブリッジング」というパフォーマンス技術で、「敵の敵は味方だ」というやり方です。

 要するにトランプ対マスコミ、そのマスコミに対して今、迷惑だと思っている自分という構図で共通の敵を持つ者同士、手を握ろうという心理状態がそこに現れています。確かに絶対に外せない、失敗できない、米韓日首脳会議だと意識したら、これくらいのネタは用意していくでしょう。ブリッジングがうまいといえます。

 そして北朝鮮のミサイル開発に対して中国の協力が必要だという意見についても、3カ国とも一致しました。しかし本心を言えば、「話し合いで」と言っていた矢先に、彼の演説を無視して北朝鮮はICBMを打ち上げたのです。それでもまだ、話し合いが大切だと言い続けることができるのか、ジェントルマンとしてスタートした文氏の今後に、むしろ赤ネクタイ以上に世界中が注目するところでしょう。

 【実践ポイント】

 ●「穏やかなジェントルマン」という目的を持った演説

 ●ネクタイの色まで細心の注意を

 ●相手との間に橋を架ける「ブリッジング」で友好関係を

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 【プロフィル】佐藤綾子(さとう・あやこ)=日本大学芸術学部教授を経て現在、ハリウッド大学院大学教授。博士(パフォーマンス学・心理学)。社団法人パフォーマンス教育協会理事長、「佐藤綾子のパフォーマンス学講座(R)」主宰。自己表現研究の第一人者として、累計4万人のビジネスリーダーとエグゼクティブ、首相経験者を含む53人の国会議員と地方議員のスピーチ指導で政・財・医学界の信頼を集める。単行本188冊、著作累計319万部。

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