【吉村剛史のアジア風雲録】「日本国籍を取得したい」AKBグループのアイドルに中国語サイトで中傷の嵐、一方で在日華僑華人らは同情

産経ニュース / 2018年2月15日 6時32分

昨年5月、岡山県庁に伊原木隆太知事(左)を表敬訪問したSTU48の張織慧さん(中央)と藤原あずささん。張さんはネットで「日本国籍を取得したい」と語ったところ、中国語サイトに中傷の書き込みが相次いだ

 中国潜水艦の尖閣諸島周辺接続水域の潜航に日本側が抗議する一方、日中首脳の往来推進で一致するなど緊張と緩和が交錯した1月の日中外相会談。多くの在日華僑華人団体は両国の関係改善を期待するが、岡山県の関係者の思いは複雑だ。というのも近年、地元華僑団体の指導者が出張した中国で「拘束」される問題が起き、本国への疑心暗鬼が広がっているからだ。昨年は県内で習近平政権の思惑を忖度(そんたく)したかのような「統一」団体も発足。地元女性アイドルグループの中国籍のメンバーが日本国籍取得の意向をネットで語ったところ、中傷が相次ぎ炎上する騒ぎもあった。中華文化圏とのつながりも深い岡山から、揺れ動く華僑華人社会をリポートする。

アイドル中傷に華僑華人らは同情

 AKB48の姉妹グループとして昨年春に発足した瀬戸内拠点のアイドルグループ「STU48」。メンバーのうち岡山県出身者は3人で、1人は両親が中国・南京市出身で中国籍の張織慧さん(16)だ。

 昨年、この張さんがネット上の動画で「20歳になったら日本国籍を取得し、活動の幅を広げたい」と語ったところ、ネットの中国語サイトなどでは「親が南京出身なのに日本人になりたいというのか」「教育が悪い」などと中傷する書き込みが相次いだ。

 これに対し、中国の政治や社会情勢の急変に振り回されている格好の岡山の華僑華人社会では、張さんへの同情の声や応援しようという動きが出ている。関係者は「最近の本国の政治や社会の変化にはついていけない」と長いため息をつく。

華僑華人社会が震えあがった「拘束」

 そんな本国への不審を抱く象徴的な事態が起きたのは一昨年11月。約8000人もの地元華僑華人(中国系の県民)を代表する岡山県華僑華人総会の劉勝徳会長が、中国に出張した際、中国当局によって「拘束」されたのだ。

 劉氏は昭和21(1946)年、島根県出雲市出身の在日華僑2世。駐大阪総領事館の人事も左右するとされる大物だが、「通訳と一緒に当局に連行された」との情報が関係者に伝わり、そのまま公式・非公式の行事から一切姿を消し、年が明け、春節(旧正月)を迎えた。

 劉氏の家族の焦燥もあり、総会では劉氏の早期帰宅を促す嘆願団を本国に派遣しようという動きも浮上。同時期、立命館大学の教授ら多数の在日有力中国人らが、本国に一時帰国したまま連絡がとれなくなる事態が続発していた。

 結局、劉氏は昨年3月後半に帰宅し、約1カ月遅れて同行の通訳も戻った。劉氏は周囲に「日本でのささいな行動を理由に当局に拘束され、24時間監視下に置かれていた」と説明したという。

 老華僑世代の劉氏は、戦後の日本社会で華僑らの地位向上に尽力し、1970年代後半以降に来日した新華僑世代の面倒を見ながら日中関係を水面下で支えたいわば縁の下の力持ちだ。

 劉氏の帰宅後の総会役員改選では会員らはその“功労者”に対する本国の不可解な仕打ちに戦慄し、誰ひとり立候補せず、仕方なく70代の劉氏が会長を続投。その他は理事のみで、副会長なども置かない異様な陣容の事務局発足となった。

岡山と大陸「中国」の“近い”関係

 関西人にはおなじみの、お笑いマジシャン、ゼンジー北京さんの舞台は「ワタシ中国は広島生まれアルヨ」で始まるが、このネタは岡山でも通用する。事実、岡山市中心部には白亜の「中国銀行」本店が岡山平野を見下ろしている。

 むろん北京が本店の「中國銀行」(Bank of China)とは縁もゆかりもないのだが、中国地方の岡山と大陸・中国との因縁は華僑ばかりでなく日本人社会でも浅くはない。

 渥美清主演で人気となった映画の同名の原作「拝啓天皇陛下様」(光人社NF文庫)など、兵隊小説で知られた作家、棟田博(1909〜88)は岡山県津山市出身。棟田が入営したのが陸軍歩兵第10連隊だ。

 歩兵第10連隊といえば、昭和6(1931)年の満州事変勃発後、熱河作戦などに加わり、13(1938)年には台児荘の戦いで中国(国民革命)軍の包囲をくぐり抜け、漢口作戦を経て東部満州を警備。19(1944)年には南方へ向かい、主力は台湾防備を経てフィリピン・ルソン島へ転じ、米軍とも激戦を展開した。

 要するに当時、岡山で徴兵された現役兵や召集令状を受け取った予備、後備役を含む多くの壮丁(そうてい)らが、中華文化圏での軍隊生活を体験しているのだ。

 岡山市中心部には今も大小の中華料理店が多数点在するが、地元の兵役経験者は「その復員兵らこそが戦後の岡山で、多数の中華料理店の経営を支える胃袋だった」と証言する。

戦前・戦後の日中関係構築した岡山の先人たち

 さらに日清貿易研究所や東亜同文書院などの創設に協力するなど、近代日中関係の礎を築いた明治の実業家でジャーナリスト、岸田吟香(ぎんこう)(1833〜1905)が現在の岡山県美咲町の出身だ。

 さらに奇縁というべきか、戦後の日中関係改善に尽力した実業家、岡崎嘉平太(1897〜1989)もまた、現在の岡山県吉備中央町出身だ。

 東京帝大卒の岡崎は戦前、日銀から華興商業銀行理事、大東亜省参事官、上海領事館参事官を歴任。終戦後は全日空社長などとして経済復興に取り組む一方、日中覚書貿易事務所代表として周恩来とも親交。LT貿易協定締結や国交正常化に道を開いた。

台湾旅行客に人気の岡山で「平和統一促進会」

 近年注目されるのは、岡山県への台湾人旅行客の多さだ。県内で宿泊した昨年度の外国人旅行者数の国・地域別では、台湾が約6万人とトップで前年度の約3万9千人から約1・5倍に急増。大手旅行検索サイトによると、台湾での訪日旅行先都市の検索上昇率はここ1、2年、岡山が首位だという。

 観光客によると、人気の理由は岡山後楽園や岡山城、倉敷美観地区といった「京都にはない和の風情」をはじめ、「北部の温泉、雪景色、瀬戸内の多島美や山海の珍味など、台湾で好まれる要素がすべてそろっているから」だという。

 しかし昨年10月の中国共産党第19回党大会で習近平政権の権力基盤が強化された直後の11月11日、その岡山で「全日本華僑華人中国平和統一促進会」(東京)の中国・四国地域組織にあたる団体が発足した。

 「関西華文時報」によると、東京から出席した同促進会の凌星光会長は「党大会以後、台湾平和統一のため、中国四国地域で民間による力強い組織が結成されることはこの上ない喜び」と語り、「中国・台湾平和統一に多大な貢献になる」と評価したという。

 皮肉にも台湾旅行客に人気の岡山で、「中国・台湾平和統一」を掲げる団体が発足したことになる。発足会場は県華僑華人総会の事務局のある岡山市の岡山国際交流センター。団体の中核となる同総会関係者の複雑な胸中は推し量りがたい。(吉村剛史)

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