乳幼児揺さぶられ症候群の〝根拠〟は本当か 「虐待」判断、司法で二分  

産経ニュース / 2018年5月17日 6時37分

乳幼児揺さぶられ症候群のイメージ

 児童虐待の特徴的な症状とされる「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」を疑問視する声があがり、議論が持ち上がっている。大阪の弁護士や大学教授が、SBSと虐待を直結させる理論の検証プロジェクトを立ち上げ、刑事事件の公判では「日常の事故でも重い頭部外傷は生じる」と全面的に無罪を主張。“通説”に疑問を投げかけている。最近の公判では虐待を認めずに無罪としたケースもあり、今後の司法判断が注目されている。

米で無罪相次ぐ

 「SBS理論への根本的な議論が必要だ」

 今年3月、生後1カ月だった長女を揺さぶるなどして重傷を負わせたとして、大阪地裁が母親(37)に有罪判決を言い渡した事件。虐待を否定して無罪を主張していた弁護人は公判後に記者会見を開き、理論の見直しを強く求めた。弁護人は、大阪を中心とする各地の弁護士や大学教授が昨年9月に立ち上げた「SBS検証プロジェクト」のメンバーだ。

 同プロジェクトは、SBSの根拠とされる硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)、脳浮腫(のうふしゅ)、網膜出血(もうまくしゅっけつ)の3徴候(ちょうこう)について「低い場所から落下する日常の事故でも生じる」などと疑問視。SBSを中心とする乳幼児への頭部暴行を検証した結果、SBSの基礎となった海外の研究は、前提となる実験のデータが不十分だったなどとして正当性が見直されつつあるという。

 同プロジェクトによると、スウェーデンで2014年に最高裁がSBSの科学的根拠が不十分として無罪判決を言い渡したほか、同国政府機関も同様の報告書をまとめた。アメリカでも虐待事件での無罪判決が相次いでいると指摘する。

 児童虐待の摘発を求める社会風潮が高まる一方で、浮上した新たな議論。大阪には同プロジェクトに参加する弁護士が多いこともあり、大阪地裁の公判では、無罪を訴える弁護側と有罪を主張する検察側が鋭く対立している。

 37歳の母親の裁判でも、弁護側が同プロジェクトの指摘を元に揺さぶり行為を否定。これに対し、検察側は「スウェーデンの報告書はメンバーに虐待の専門家がいないなど重大な問題がある」と真っ向から反論し、3徴候だけではなく、脳全体の損傷などから総合的に虐待があったと判断したとした。

 この事件で、同地裁は、複数の医師の証言などから長女を揺さぶる暴行があったと認定。SBSを疑問視する意見も「被害状況と一致しない」「一般論にすぎない」などと次々と退けた。一方で、乳幼児の頭部負傷をめぐって無罪が出された公判もある。

 内縁女性の長女=当時1歳11カ月=の頭部に暴行して死亡させたとして、傷害致死罪に問われた男性(37)のケースでは、同地裁が今年3月、「転倒などの偶発的事故でも死亡につながる硬膜下血腫ができる可能性は十分ある」として無罪を宣告した。

適切な判断基準

 虐待事件は、家庭内という“密室”で行われることが多く、立証が難しい。SBS理論が否定されると捜査のハードルがさらに上がることは避けられない。

 ただ、同プロジェクトの共同代表を務める甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は、3徴候を虐待と直結させる理論を疑問視した上で、「誤った判断で子供が親から引き離されるのは許されない」と指摘。「個々の事件の検証だけではなく、国が専門家を集めた理論全体の検証を行い、どのような症状があれば虐待を疑うべきなのか、診断の適切な判断基準を示すべきだ」と話している。

     ◇

 ■乳幼児揺さぶられ症候群(SBS) 乳幼児が強く揺さぶられ脳が損傷することによって起こる諸症状。未発達で軟らかい脳が頭蓋骨に何度も打ち付けられて傷つき、重症になると嘔吐(おうと)やけいれん、意識障害を起こす。頭蓋内出血で知的障害やけいれん発作といった後遺症が出たり、死亡したりすることもある。頭部の表面に目立った外傷がなくても、内部に(1)硬膜下血腫(2)脳浮腫(3)網膜出血-の3つの症状(3徴候)があれば、「激しく揺さぶられるなどの暴行を受けた可能性がある」とされ、虐待の有無を見極める重要な基準の一つとなっている。

産経ニュース

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