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なぜかつての日本は大量の空母を建造できたのか=中国メディア

サーチナ / 2021年5月13日 15時12分

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中国のポータルサイトに、「戦前、戦中にかけて、どうして日本はあれほど多くの空母を建造することができたのか」とする記事が掲載された。(イメージ写真提供:123RF)

 中国のポータルサイト・網易に11日、「戦前、戦中にかけて、どうして日本はあれほど多くの空母を建造することができたのか」とする記事が掲載された。
 
  記事は、日本が1945年の終戦を迎えるまでに計25隻の空母を建造したと紹介した上で「資源が乏しい島国の日本で、一体どうしてこれだけの空母を建造することができたのか」と疑問を提起した。
  
  そして、日本は海軍の航空兵力を世界で最も早く整備し、1922年に就役した「鳳翔」は世界初の標準的な空母とされていると説明。第1次世界大戦後にワシントンで軍備縮小が議論される中で、日本は軍縮条約ができるまでに可能な限り軍備を増強しようとしていたと伝えた。

 また、1930年代に入って軍縮の流れが弱まり各国が大型の軍艦建造に再び乗り出した際、各国が戦艦の建造に注力したのに対し、同じことをしていては米英などの列強に太刀打ちできないと考えた日本の海軍は、当時世界的にはまだ脇役扱いされていた空母の建造に力を入れ、1941年の真珠湾攻撃までに10隻、開戦後から終戦までに15隻の計25席の空母を揃えるに至ったのだとしている。
 
  記事はその上で、かつての日本が空母を多数建造できた理由は陸軍の軍備の発展を「ほぼ放棄したからだ」と主張。島国である日本が海軍を重視したことは自然な話ではあるとする一方で、当時の日本は資源を海軍に偏って注ぎつつ、貧弱な軍備の陸軍を大陸に進軍させるという「問題」を抱えていたとした。
  
  そして、年月が進むに連れて問題はますます深刻化し、海軍と陸軍が資源の優先権を巡って争い、互いに見下し合う状況になったと伝え「愚かな指揮下によって、これらの空母はむざむざと犠牲になったのである」と結んでいる。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)

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