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「大田区の民泊条例」でドヤに住む外国人労働者が増える心配

政治山 / 2015年10月15日 13時30分

 東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて増加が見込まれる外国人観光客ですが、宿泊施設の不足が取り沙汰され、個人が家の一室などを宿泊場所として提供する「民泊」が注目されています。民泊は現行法に抵触する恐れがあるため特区での運用が検討されていますが、東京・大田区議会では12月議会での条例化に向けて準備が進んでいます。大阪でも検討されている民泊条例ですが、十分な議論がなされているのでしょうか。奈須りえ 大田区議会議員にご寄稿いただきました。

不十分な議論、狙いは規制強化か規制緩和か

 大田区議会第三回定例会で大田区が突然、オリンピック・パラリンピックに向け外国人旅行客の増加による羽田空港周辺のホテル不足の緩和を狙った民泊条例を作ると言い始めました。

 果たして、民泊条例は、外国人観光客向けだけの問題でしょうか。

 民泊-オリンピック-外国人観光客と並べば、
 (1)最近はやりの民泊では、周辺の迷惑行為を規制できない
 (2)今後オリンピックでますます外国人旅行客が増えることが予想できる
 (3)大田区が条例で、増える外国人旅行客の受け入れのための対策をするのだろう
 といった理解になるのではないでしょうか。

 しかし、大田区で議員をしている私には違和感があります。

奈須りえ 太田区議会議員
奈須りえ 太田区議会議員

【違和感その1】大田区では、民泊の問題は全くと言っていいほど議論されてきていない。大田区が、9月29日に東京都都市再生分科会で区側が明らかにしたと報道されているが、大田区議会では、第三回定例会の代表質問にはじまり、それにこたえる形でホテル旅館組合と連携し検討していきたいと答弁し、その後も質問が続いたが、区の公表と質問が、ほぼ同時期であったこと。

【違和感その2】個人宅を活用した民泊には旅館業法の規制緩和が必要であるという論調が繰り返されてきている。法令で迷惑行為が目立ってきている民泊なら規制強化だが、実際行われるのは、より民泊しやすい規制緩和であること。

【違和感その3】対象を7泊以上の宿泊としたこと。国交省観光庁の平成25年訪日外国人消費動向によれば、観光・レジャーを目的とした訪日外国人の平均宿泊数は5.9泊で、6日間以内の滞在が過半数を占めている。7泊以上という数字をとったのは、あえて観光客は対象としていないようにみえる。

安全・安心を確保し地域の振興に役立てられるのか

 そこで、今回の規制緩和の視点から、旅館業法の特例について大田区が条例を作ることで、民泊に懸念される安全や安心は解消できるのか、現在営業している旅館業者の事業の振興や売り上げ増につながるか考えてみました。

 厚生労働省の旅館業法の概要によれば、旅館業とは「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業」で、生活の本拠を置くような場合、例えばアパートや間借り部屋などは貸室業・貸家業であって旅館業には含まれない」とされています。一方で旅館業法は、簡易宿所営業や下宿営業を対象としていますが、川崎市の簡易宿泊所の火災で明らかになったように、これらは低所得者や生活保護受給者の仮とはいえ「住まい」となっているのが実態です。民泊とオリンピック開催を引き合いに外国人観光客のためと言いますが、旅館業法の対象となりながら、安全面や衛生面、プライバシーなど様々な問題があることが明らかになっている“ドヤ”と呼ばれる簡易宿泊所などは、政令市である川崎市でも指導しきれず死亡者10人を出す火災という悲惨な事故に至っています。

 大田区が旅館業法の規制緩和を行うことで、こうした低所得者の「住まい」となっている簡易宿泊所の規制緩和も行われ、さらなる住環境の悪化につながりはしないでしょうか。政令市である川崎市でさえ規制が困難な簡易宿所ですが、さらに規制緩和して大田区が責任をもって安全や環境、衛生面の確保ができるでしょうか。

 しかも、どれほどの観光客が旅行中の最低でも7泊、京都や北海道など人気の滞在先もある中で大田区を滞在先に選ぶでしょうか。7泊以上とあえて線引きをすることにより、どのような外国人が規制緩和されることによりコスト削減が可能になる宿所に泊まるでしょうか。

在留資格要件緩和と外国人労働者

 一方、今年、7月に国家戦略特区法の改正で外国人の在留資格要件が緩和されました。これにより、直接雇用されたフルタイムの外国人労働者が最長で3年間、在留資格なしで働けるようになります。8月27日の日本経済新聞がトップで扱った外国人家事代行の記事で注目すべきは、外国人労働者をパソナなど人材派遣事業者が担うことを想定するとともに、労働者の勤め先での住み込みを禁じ「企業側が住居を確保する規定」を盛り込んでいると書かれていることです。

 今後ほぼオリンピックまでの3年間、ビザなしで働けるようになった外国人労働者は人材派遣会社を通じてしか日本で働けず、人材派遣会社が用意したところにしか住めないルールです。となると、旅館業法の緩和は、旅館業を営んでいらっしゃる方たちのためというより、実利を得るであろう人材派遣会社などとの関係で見たほうがよいのではないでしょうか。

 「安い労働力」と位置付けられた外国人労働者が、住居費・社会保険含めた総額人件費コストとして管理される一連のシステムが見えて来はしないでしょうか。確かに雇用する企業にとっては、さらなるコストの軽減につながるかもしれません。だからと言って、外国人のための旅館業法の緩和が、外国人にはそうした規制は必要ないと方向転換するなら、国際化を掲げながら大きな差別と言わざるを得ません。

 いま、空き家が大きな社会問題化しています。こうした現状を考えれば、外国人に空き家を借りていただけば空き家対策にはなります。しかし、旅館業法をさらに規制緩和して対応するということは、簡易宿所の面積基準をさらに小さくし、フロントを不要にし、風呂、トイレ、台所などは共有でと、現行の都市計画や建築の規制までもを崩壊させます。

 大田区では、この規制緩和した宿泊施設を区内のほとんどの地域で作れるようにすると言います。下記の地図の、黄色部分だと、どんな大きさでも可能。緑の部分の場合には3000平方メートル以下としています。

大田区の民泊実施予定地域
「大田区の民泊実施予定地域」国家戦略特区 第7回東京都都市再生分科会 配布資料より

懸念される大田区の住環境への影響

 こうなると、建築基準法やたとえば大田区のまちづくり条例で守っているワンルーム型住戸の面積25平方メートルも意味をなさなくなり、大田区のまちなみや住環境の悪化、さらには区民の資産価値の低下をまねきはしないでしょうか。

 雇用はさらに流動化し、所得の格差は広がり、低所得者層は増える一方です。人口は減り、空き家もさらに増えていくでしょう。

 空き家は、需要と供給のバランスが崩れているから起きている問題です。雇用環境が悪化し、低価格で「住める旅館」が増えたとき、退職金で年金の足しにと買った賃貸マンションの借り手がつかなくなったり家賃が下がったり、と大田区民の老後の計画を大幅に狂わせることにはならないでしょうか。

安い労働力の流入と雇用環境の悪化

 そして雇用の観点からすると、これは外国人だけの問題でしょうか。日本全体の雇用環境への影響はどれほどのものでしょうか。

 居住費を安くするということは、安い労働力を可能にするということで、安い労働力が可能になれば、そちらに雇用はシフトしていきます。

 外国人旅行客のためと簡易宿所の規制緩和が行われ、それが、外国人労働者の住まいとして使われることになれば、それは結果として、日本の賃金のさらなる低下と雇用環境の悪化につながりはしないでしょうか。

特区で進む規制緩和とTPPの既成事実化

 大田区は、国家戦略特区に指定されています。そして、今回の大田区の民泊条例は、旅館業法の規制緩和に伴い行われるものです。

 この国家戦略特区を規定する国家戦略特区法は、規制緩和による経済政策を推進させるための法律で、実質的なTPPの既成事実化であると私は位置付けてきました。

 TPPは国と国との間の条約ですが、国内で発効するためには法整備が必要だからです。

 意思決定のしくみが、これまでの議会制民主主義とは大きく異なり、法で民間事業者が過半数以上と定められている「国家戦略特別区域諮問会議」と、規制緩和により経済利益を受ける民間事業者が都度民間議員として加わることのできる特区ごとに設置された「国家戦略特別区域会議」に大きな権限が与えられています。

 このしくみを提案した人材派遣会社パソナの会長竹中平蔵氏は「法律論上は難しい問題を含んでいる」としながらも「ミニ独立政府」ができたと発言しています。

 今回のこの旅館業法改正が国家戦略特区の規制緩和策の一つとして提案されていることを考えると、外国人労働者の人材派遣を可能にするための規制緩和という私の見方はさらに現実味を帯びてくるのではないでしょうか。

<大田区議会議員 奈須りえ>

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