『当確師』著者・真山氏「小学生の頃から政治と小説が好きだった…」独占インタビュー(1)
政治山 / 2016年1月29日 11時30分
昨年末に発売された人気作家・真山仁さん(53)の新作『当確師』(中央公論新社)が、政界に波紋を呼んでいます。デビュー作『ハゲタカ』に登場する主人公・鷲津をも凌駕する強烈なキャラを持つ主人公・聖達磨(ひじりたつま)が、絶対的に不利な選挙に挑むストーリーは、実際の選挙を知る人々に強烈なインパクトをもたらしているようです。真山さんのもとには、マスコミ取材だけでなく、議員からの対談要請もあるそうです。多忙な真山さんに、今回の小説を執筆した経緯などを伺いました。
政治小説を書きたかったという真山氏
政治小説を書きたくて小説家を目指した
【政治山】 『当確師』は2012年10月に連載がスタートしました。執筆のきっかけは?
【真山氏】 『ハゲタカ』を出版したのが2004年。その後、色々な縁があって経済小説が続きましたが、元々は政治小説を書きたかったのです。政権交代などもあり、世の中も政治に興味を持つ人が増えてきた手応えを得て、最初に書いた政治小説が2011年夏に出版した『コラプティオ』です。
『コラプティオ』では、あえて政治の汚い世界を排除し、清々しい理想に燃えた秘書や統率力あるカリスマ総理、野心を持った記者の3氏を主人公に据えて描きました。学生など若い方々から多くの反響をいただきました。彼らは政治に関心はあるが、思いをどう広げていけばいいのか模索しているようでした。そこで、次は面白い政治小説を書きたいと思ったのがきっかけです。
『ハゲタカ』以来の強烈なキャラで物語を回そうと…
【政治山】 執筆にあたって心掛けたことは?
【真山氏】 小説の書き方の一つとして、最初にテーマを決め、そのテーマに合わせて登場人物を配置する方法があります。私の小説では『コラプティオ』『黙示』や『マグマ』などがそうですが、登場人物がそれぞれの立場や価値観を主張し行動することで、テーマを引き立たせていきます。
しかし今回はその方法をとらず、『ハゲタカ』の鷲津みたいな強烈なキャラクターで読者を圧倒しようと、いそうでいない主人公・聖をまず軸にしました。聖こそが、小説のテーマを引き立たせる役割を担い、個性の強いキャラで物語を回す……そんな設定で執筆が始まりました。
【政治山】 強烈な主人公という、『ハゲタカ』以来の伝家の宝刀を抜いた感じですね?
【真山氏】 最初にキャラ設定をする小説を封印していたわけではありません。強烈なキャラの登場は、衝撃があるので小説を面白くするにはいいのですが、扱うテーマによってはふさわしくない場合もあり、なかなかできなかっただけです。『コラプティオ』ではテーマが先にありましたが、今回は、選挙をテーマにしつつも主人公の魅力を前面に出して、“面白い小説”として読者に読んでもらおうと考えました。
当確師(中央公論新社)――請け負った選挙の当選確率99%以上を誇る選挙コンサルタント聖達磨。そんな聖は、全国的に名を馳せ圧倒的支持率を誇る敏腕市長を倒すミッションを引き受ける。
小学生の頃から政治に興味あった
【政治山】 先ほど「もともとは政治小説を書きたかった」とおっしゃいましたね?
【真山氏】 小学生の頃から政治に興味がありました。当時は、自民党の中で政権交代をやっていました。あくまで自民党が勝つことが前提の派閥政治ですが、今思えば、ある意味あれが日本にとって理想の政治だったのではないかと思います。
私は1970年代に小中学生でしたが、それなりに社会のことに興味を持つ子どもからすると、大人の言っていることは矛盾だらけでした。高度成長期で、みんな豊かになったと言うけれど、私の周囲で目に見えて豊かになっている人なんていませんでした。
私は、親戚や家族に政治家は1人もいません。いわゆる平均的な一般家庭でした。大人は政治の悪口を言うだけで、それを正そうとする勇気ある大人はいない。このまま親の世代が引退し、少しずつ停滞する社会を自分たちが受け継いで幸せになれるのかなと常に疑問でした。このままではダメだと誰かが思ったときに社会を変えられるのは政治なんだろうなと思っていました。
もう一つは、戦国時代の群雄割拠が好きだったので、選挙に負けたら総理大臣が交代する政治の優勝劣敗に重なりました。勝ち負けに対する関心が政治への興味につながりました。
500分の1の政治家になっても日本は変えられない
【政治山】 そこまで政治に興味を持てば、自分が政治家になろうと発想するのでは?
【真山氏】 それは最初からハッキリしていました。500分の1の国会議員になっても日本は変えられないと(※当時、衆院定数は1976年の20増で511人に)。
【政治山】 いつの時点で?
【真山氏】 小学5年生です。
【政治山】 その年齢でそんな分析を?
【真山氏】 地盤も看板もない一般家庭の人間です。死ぬ気で頑張って選挙運動をすれば、30~40代で政治家にはなれるかもしれないけれど、そこから大派閥の長まで上り詰める頃には70歳を過ぎる……その年齢で世の中を変えるには難しいなぁと。最初から私には、政治家になって世の中を変える選択肢はありませんでした。
1人で社会を変えるには…その答えが小説家でした
【真山氏】 では、人脈や知名度のない人間が1人で社会を変えるにはどうすればいいか……その答えが小説家でした。1人で書いても、面白ければ読者の心や行動に影響を与えることができる。自分が読書で影響を受けたからそう思ったのです。
たとえば、子どもの頃に読んでいたアルセーヌ・ルパン。自分が見たこともない19世紀後半から20世紀初頭に大暴れするルパンを、泥棒のクセに正義感がやたらと強いルパンを、本を通して私は時や国を超えて体験するわけです。この力はすごいなと。今まで3、4千冊の小説を読んできましたが、社会の仕組みも国際政治も人間の生き方も、小説で教わった気がします。
小説家は読むことで書き方を覚える「門前の小僧」
【政治山】 モノを書くよりも、読むことが好きだったんですね?
【真山氏】 読むことが好きでない人は小説家にはなれないと思います。というのは、小説家は読むことで書き方を覚える「門前の小僧」なんです。自分の経験値からしかモノは書けません。困ったときに、自分の引き出しの中にある憧れの小説が出てくる。昔読んだ小説では、登場人物が崖っぷちに来た時にどうしたかなと、記憶をたぐるのです。ルパンだったら、ジェームズ・ボンドだったらどうしたかなと。オーストリアではこうやって逃げたけど、中東ではああやって逃げたなと、小説好きは憶えています。
【政治山】 政治が好きで、読書が好きで、政治小説を書いて世の中を変えていこうと?
【真山氏】 中学生のころには、1人の力で社会を変えられるのは小説だけなのかなと、ぼんやりと思っていました。
【政治山】 それだけ早熟な子なら、橋下徹さんのようにマスコミを駆使して世論を動かす政治家になろうとは思わなかったのですか?
【真山氏】 橋下さんのように圧倒的な演説力でマスコミをねじ伏せるタイプの政治家が現れたのはごく最近です。タレントから転身した政治家は70年代にもいましたが、いきなりアタマにはなれません。階段を一歩一歩上るしかない権力構造でした。50代で若手と言われていた時代です。田中角栄が唯一の例外といえるでしょう。
そういう意味では、橋下さんが日本の政治を変えたと思います。
自分が読書で影響を受けた経験から、作品が面白ければ読者の心や行動に影響を与えることができると思い小説家に。
政治家には寛容さと決断力が求められる
【政治山】 政治がパラダイムシフトしたということは、いま真山さんに立候補の依頼が来たら受けますか?
【真山氏】 ありえないですね(笑)。政治家には反対意見を認める寛容さが必要ですが、私はそんなに心が広くないと自覚していますので。それより、フィクサーに憧れます(笑)。
【政治山】 寛容のままだと最終決断できないことにつながるのでは?
【真山氏】 優れたリーダーがなぜ尊敬されるかといえば、最終的にこうと決めたら全責任を負うからです。寛容のステージと物事を決めるステージは異なっていて、人の意見を聴く寛容さは持ちつつ、最後は自分の責任で決断しなければいけません。
【政治山】 小学生の頃の夢が叶ったいま、小説によって政治を動かせている満足感は?
【真山氏】 1ミリも動いていませんよ(笑)。私にもっと影響力があれば、安保法制反対で気勢を上げていた国会前の集会に行って「それでは政治は変わらないよ」と伝えたでしょうね。あそこで応援した大人たちは、一緒に拳を挙げて満足しただけでしょう。私が子どもの頃に「これでは何も変わらない」と思ったことが繰り返されているのです。
公約の検証なしに政治は良くならない
【政治山】 「デモでは、民主主義は守れない」という文章は表紙のサブタイトルにも記載されています。若者に向けたメッセージですか?
【真山氏】 そうですね。「じゃあ、選挙で勝てば何をやってもいいのか」と言われますが、そうではありません。公約にないことまでして「選挙で勝ったからいいだろ」とはならない。公約違反や公約にはないことをした場合、「こういうことをしてほしい」と思って選んだのに、「何でこんなことするの?」と、もともとの反対者ではなく支持者こそがデモをするべきです。約束違反なのだから。
公約した結果をもっと注視しなきゃいけないのに、選挙という“祭り”が終わると、「公約は破ってもいい」と平気で言う人がいます。公約やマニフェストを審査する基準がない。有権者は、公約の達成度よりもその場の感情やイメージで選びます。選挙でしか民主主義は変えられませんが、公約の検証もなく投票だけすれば良くなるというわけではありません。
コミュニケーション能力を磨く教育が必要
【政治山】 政治教育が足りないことも政治意識の低さにつながっているのではないでしょうか?
【真山氏】 政治教育というと誤解されてしまうことが多い。政治教育というのは結局、コミュニケーション能力を磨くことに尽きます。人と人の意見の交換を別の言い方をすると政治と呼ぶんだと思います。
ディベートは「相手を言い負かしたら勝ち」と言われますが、聞く力がないと勝てません。学校や大学でディベートをすると、自分の意思で賛成と反対に分かれてそれぞれ自分たちの考えを言い合うだけです。米国では、先生が生徒を賛成と反対に分けて、30分経ったら賛否を入れ替えてそれまでとは逆の立場で議論させるそうです。相手の立場に立って考え、意見を聴かない限り相手を論破できないし、相手に賛同もできないからです。
そういう考え方ができる人が文部科学省や教育委員会に大勢いるようになれば、学校教育も変わると思います。
【政治山】 『コラプティオ』の中で、宮藤総理の秘書である白石が、政治とは「自らの手で未来を築く唯一の方法である。個人は微力でも行動しなければ政治は動かない」と語っています。これは、真山さんの信念でもあるのですか?
【真山氏】 良いこと言ってますねぇ(笑)。まさに、その通りです。
(次回は『当確師』に込めた思いを語っていただきます)
聞き手:上村吉弘(うえむら・よしひろ)
◇
真山 仁(まやま・じん)
1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。新聞記者、フリーライターを経て2004年、企業買収の実像を描いた小説『ハゲタカ』でデビュー。NHKでドラマ化され話題に。ハゲタカシリーズのほか、『ベイジン』『コラプティオ』『黙示』『売国』『そして、星の輝く夜がくる』など著書多数。
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