『当確師』著者・真山氏「続編を書くなら次の舞台は…」独占インタビュー(2)
政治山 / 2016年2月2日 11時30分
前回のインタビューで、真山さんの政治に対する熱い思いが語られました。今回は、1人で社会を変える選択肢として小説家を志した真山さんが、新著『当確師』(中央公論新社)に込めた狙いを深掘りしていきます。
『当確師』著者・真山氏「小学生の頃から政治と小説が好きだった…」独占インタビュー(1)
http://seijiyama.jp/article/news/nws20160129.html
選挙の仕組みを知れば戦い方が見えてくる
【政治山】 『当確師』で最も伝えたかったことは?
【真山氏】 多くの有権者が「選挙はつまらないし、難しいし、何回やっても変わらない」と思っています。『当確師』を読めば、ますますそう思うかもしれません。「選挙なんて組織票だけで決まるのか」と。
しかし、激戦といわれる選挙の勝敗が決まる背景にこんな動きがあるのだという、社会の裏側の仕組みを知らないと、自分たちの意思をどうやって選挙結果に反映させればいいのかも分かりません。
極論を言えば、組織票だけで決まるのであれば、自分たちの組織票を作ればいいのです。自分たちが興味の持てる政治にするためには今の選挙の仕組みを知ったうえで、傾向と対策を考える。そのきっかけになればいいと思います。
「自分たちの意思を、どう選挙結果や政治に反映させるか考えるきっけかになれば」と語る真山さん
若い人に読んでほしい
【政治山】 どんな人に読んでほしいですか?
【真山氏】 若い人ですね。この国はどんどん下り坂になってますが、いま社会を動かしている大人はやがていなくなる。焼け野原のようになったとしても、それは若い人にとってはフロンティアでもあるんです。これからどんな社会を築いていくかを考えてほしいから、若い人たちにぜひ読んでもらいたいです。
【政治山】 対立候補の鏑木市長は現実主義者でもあり、実行力がある一方で、次第に独裁者のようになっていきます。良い政治家なのか悪い政治家なのか、見る角度によって変わると思いますが、モデルはいるのですか?
【真山氏】 モデルを作るとそのモデルに縛られてしまうので、想定していた政治家はいましたが、途中から外しました。連載中は国政を狙っていましたが、単行本ではそれも無くしました。
全部を書かない方がリアリティを際立たせる
【政治山】 『当確師』における地方選挙の真実もそうですが、今までの小説で扱ってきた原発や、国政、金融……いずれも業界の裏側を描き切る取材力がスゴイなぁと感心します。
【真山氏】 取材していないわけではありませんが、緻密な取材は実は性に合わないです。大雑把にそこで働いている人々やルールについて関係者から取材し、細部について分からないことがあれば専門家に尋ねます。微に入り細に渡って潰していくことはしません。
よく取材していると思っていただいているのは、全部を書かないからです。例えば官邸の様子を描く際に、天井板の枚数や、階段の段数なんかは、そこに行ったことの証にはなりますが、どうでもいい情報なので書きません。それよりも、「執務室のこの椅子に座った印象」なんかが大事です。
あまり書き過ぎないことが逆にリアリティを際立たせるのです。
【政治山】 真山さんは記者経験がありますが、10聞いて1書くという取材記者の鉄則に通じるところがありますね?
【真山氏】 そう、捨てることが大事です。情報を常に自分の中で咀嚼(そしゃく)したうえでチョイスしないと、人には伝わらないものです。
書き方のコツもあります。不安な人は文章にその心理が出てしまいますが、不安なものほど堂々と書くんです。自分が知っている前提で書くのです。「この人きっとものすごく詳しいけど、いろいろ書くと差し障りがあるから、片鱗だけ書いているんだ」と思わせるんです。ウソつきは記者の素養としては最悪ですが、小説家としては大事です(笑)。
【政治山】 記者経験がある割には記者を主人公にした小説が少ない気がします。
【真山氏】 昨年1月に出版した『雨に泣いてる』は東日本大震災の被災地を取材する社会部記者が主人公です。また、文芸誌の「小説宝石」に連載中の『バラ色の未来』でも地方へのカジノ誘致について取材する社会部記者を描いています。『コラプティオ』に登場する神林は経済部記者ですね。
自分が新聞記者だったので逆に距離感が計れず、描くことが難しい面はあります。『ハゲタカ』を評価していただいたのは、私が金融機関にいた経験がないからだと思います。金融マンには「金融が社会を動かしている」「専門の数字や英語を駆使して大金を動かしている」という自尊心があるかもしれませんが、外側にいる自分にはその気持ちが分からない。
むしろお金が社会を振り回す現実を離れたところで見ているので、企業を買う人と買われる人、敵や味方を程よい距離で描けました。逆に、デビュー2作目の『虚像(メディア)の砦』ではテレビの報道マンを描いたのですが、うまく距離を取れませんでした。読者の評判は良かったのですが、書いている側からすると、登場人物としてやや過剰すぎたので、しばらく記者を書くのを止めようと思いました。『コラプティオ』で、記者の感情も生態も描いて「これならいける」と手応えがあったので、解禁しました。
かつて新聞記者だった真山さん。記者を描くことは距離感が計れず難しいという。
ミステリーの最大の武器は錯覚
【政治山】 選挙コンサルタントが実際にここまでやるのかなと思いましたが?
【真山氏】 やらないと思いますよ。実際の選挙コンサルの方が、逆に勉強になったと言われたくらいですから。「ここまでやりますか」とも言われました。
【政治山】 そこは真山さんの想像も加味して?
【真山氏】 そうです。想像力を働かせるうえで常に思っているのは、人は欲望に弱いということです。欲望を突かれるとリアクションは想像の範囲で動きます。ですから、欲望をどうやって散らすかというのが一つあります。
例えばミステリーの最大の武器は錯覚です。毒ですよと言われて水を飲むと苦しむ人が山のようにいる。これがミステリーの手法です。『当確師』では、賄賂を渡したかどうかというシーンでこの手法を用いました。ビデオに撮られていることを百も承知で、主人公の聖はいかにも金を渡しているように見せます。いかにも悪そうな人しか呼ばない。呼ばれた人は1人も賄賂をもらったとは言わない。
否定すればするほど「きっともらったに違いない」とビデオを見た対立陣営は信じ込む。政治の世界を知っている人が読めば「実際にこういうことはあるかもな」と思います。この錯覚は行動のパターンです。私はミステリー小説を書いているわけではありませんが、ミステリーの手法は知っているので、錯覚や思い込みを駆使します。
読み手に先入観を与える
【真山氏】 もう一つ大切なのは読み手の先入観を利用することです。聖の陣営が敗色濃厚という情勢分析を出します。選挙の事情を知らない運転手の視点で書かれているので、暗いムードを読者も味わう。実はその先入観を読者に植え付け、利用しようと企んだのです。
そうした“小細工”に加え、構成や登場人物の性格のイメージなども工夫して、陰謀渦巻く選挙世界を楽しんでもらう努力を尽しました。
もっと選挙コンサルが堂々と戦える選挙ルールを
【政治山】 選挙コンサルという職業については肯定的ですか?
【真山氏】 日本では、選挙コンサルが選挙期間中に報酬を受け取れば公職選挙法違反になります。コンサルタントという職業が当たり前のご時世なのに、日本の選挙戦はほとんどがボランティア主体です。しかし、実際には何億というお金が動きます。いつまでもキレイ事だけを並べた選挙ルールはどうなのかなと思います。
選挙コンサルが堂々と出てきて、プロとプロがガチンコで戦う政治をやった方がいいと思います。選挙コンサルや選挙プランナー、選挙アドバイザーといったプロフェッショナルがもっと増えてほしいなと思います。
当確師(中央公論新社)――請け負った選挙の当選確率99%以上を誇る選挙コンサルタント聖達磨。そんな聖は、全国的に名を馳せ圧倒的支持率を誇る敏腕市長を倒すミッションを引き受ける。
シリーズ化できればいいなと考えている
【政治山】 選挙事務所では「これは公選法に引っ掛かるかな」といつもビクビクしています。
【真山氏】 政治に求める「清さ」を日本人は誤解しているところがあります。ボランティアという言葉を「無償でやること」と考えていますが、米国では志願兵もボランティアと言います。自発的に手を挙げることがボランティアなのですが、日本ではもれなく「無償」が付いてきます。
【政治山】 続編はあるのでしょうか?
【真山氏】 この小説はシリーズ化できればいいなと考えていますが、そうなれば次回以降は「選挙のルールを変えましょうよ」というメッセージを伝える内容も面白いかもしれません。検察庁を敵に回して、国会議員に公選法改正のための集票コンサルをするとか、聖ならやりそうですね。
あるいは、議員選挙よりも総裁選なんかが面白いと思います。必ずしも公選法に縛られる選挙でやる必要はないですから。ただし、まだ続編の予定は白紙の状況です。シリーズ化実現のためにも、ぜひ多くの方に『当確師』を読んでいただきたいですね(笑)。
(次回は今の日本に対する思いを語っていただきます)
聞き手:上村吉弘(うえむら・よしひろ)
◇
真山 仁(まやま・じん) 1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。新聞記者、フリーライターを経て2004年、企業買収の実像を描いた小説『ハゲタカ』でデビュー。NHKでドラマ化され話題に。ハゲタカシリーズのほか、『ベイジン』『コラプティオ』『黙示』『売国』『そして、星の輝く夜がくる』など著書多数。
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